髪型とお化粧が終わると、私を覗き込むように見ています。
「どれどれー」「良いじゃない」「うわー可愛いー」
今まで容姿のことで褒められた記憶も無く、恥ずかしくなってしまいます。
「おはようございます。何の集まりですか?」
杉田さんと高木さんが、出社してきました。
石井さんは杉田さんをせかすように手で招き呼び寄せると、私の目の前に立たせ面白がっています。
「見て見て、杉田くん、女優さんみたいでしょ?」
杉田さんが顔を赤くして言葉を考えている中、高木さんは私達に気を使って話を合わせます。
「うっうっん、本当だな杉田。銀幕スターみたいで、奇麗だよなー」
その言葉を横で聞いた桜井さんは、鼻で笑うかのように言葉を返します。
「発想が品祖だなー高木は、外国の女優名を言うとか、銀幕ではなく、せめてフランス映画みたいだとか言えないのかよ。営業職なのに言葉の引き出しが少ないぞ」
高木さんは予想していなかった桜井さんからの言葉の攻撃に、慌てていました。
杉田さんはどちらの見方をしてい良いかわからず、あたふたしています。
二人のやり取りを見て笑う中、社長が私の持ち物に気付き話しかけてきました。
「ところで田中さん、お祭りに着て行く浴衣、持っているかしら?」
私はその言葉を聞いて、今日がお祭りの日であることを思い出していました。
毎年夏の終わりに近づくと、この付近一帯でお祭りが行われます。
最寄り駅前にも神社があることから、周辺には出店が立ち並び、それを目当てに近所から大勢の人たちが集まりにぎわいます。
会社の人達も浴衣を着て繰り出すのが、イベントのようになっていました。
「私、お祭りが今日であることも忘れていました、浴衣も持っていないです」
そう伝えると、今年もあきらめるつもりでいましたが、心の片隅には、浴衣を着てみたいと思う気持ちが、少ずつ広がっていました。
「……じゃあ、私のでよければ何着か有るからそこから選んでいきなさい、お昼にでもお食事がてら家に寄りましょう」
社長はそのことを話すと、こちらを振り返ることなく席に戻っていきます。
私は突然だったことに驚き流されるままでいましたが、何故かその時、言葉に出さなければいけないと感じました。
「社長」
私の小さな声に立ち止まり、振り返ります。
「あっあのー、浴衣を……お借りします。よろしくお願いします」
絞りだした言葉に社長は、笑顔を見せ頷きました。
十二時十分前になると、社長はいつものように留守番電話に切り替えながら、お昼時間であることを教えてくれます。
私の側に近づくと、今朝話した浴衣の話題をしてきました。
「田中さん浴衣を選びにいきましょう、それと石井さんあなたもきてくれる。手伝ってほしいのよ」
突然声をかけられた石井さんは、意気揚々と立ち上がりましたが、何かを気にした様子です。
「はい……ところで社長。今日のお昼は何ですか?」
社長は手を止め、楽しみのように答えます。
「今日はお素麺よ、さっぱりしていいでしょう?」
石井さんも喜ぶ表情を浮かべた後、考えていました。
そして甘えるように話します。
「社長、私。お芋とイカの天ぷらも食べたい」
社長もその意見に納得した様子です。
「いいわねー。じゃー商店街で買っていきましょう。田中さん、あなたも持ってきているお弁当は夜にでも食べなさい。あなたは天ぷら、何がいいかしら?」