走り出した車の中、理解した私は目で追うようにブーゲンビリアを見つめていました。
 角度を変え広がるた光景は、喜びの気持ちから驚きに変えさせます。
「凄い、あんなに沢山」


 当時は正門の隣に埋められていた低木は、正門からさら奥に有る建物の入り口に向かい、十数メートルの間を埋め尽くすように咲続いています。
 私は以前より、赤く染め上げるブーゲンビリアに、心をう奪われていました。

 何かを訴えかけるように赤く染まる花びらは、脳裏に入り込むように当時の両親を思い出させます。


 プールの行き帰りには、私の両手を若い父と母は優しく握り、私は力強く握り返します。
 お互いの表現方法は違いましたが、離したくないと思う気持ちは、変わりませんでした。
 プールの帰りには日没が近づいても、わがままを言いブーゲンビリアを見ていた私。


 父と母は困りながらも、そっと手を握ってくれていました。
 そのぬくもりから、感じ取っていました。

 二人は周りから守ってくれている。

 私に、味方で有ることを伝えてくれている。

 先ほどまでのぼやけた気持ちがはっきりすると、目の前のブーゲンビリアが、応援してくれているようでした。

「お父さん」自然に心の言葉がこぼれ出すと。

「お母さん」母は不思議そうに私を見ています。

 喉元が熱くなり、声が出づらくなりましたが、しぼり出すように両親に伝えます。

「本当に……本当に……」

 言葉以上の気持ちがあふれ出すと、先ほどまでの澄ましたものとは違い、最後に私が伝えた感謝の言葉は「あ゛り゛か゛と゛う゛」

 惨めな泣き声でした。

 私のその声に母も泣き始め、父は無言で前を見て、うんうんと頷いていました。
 こんな感じにするつもりは無かったのです。
 両親にはちゃんと言葉で伝えようと、思っただけだったのに。

 ブーゲンビリアはあの時のことを、覚えていたのだと思います。

 私が幸せだと感じていた時間を、忘れていた時間を思い出させてくれたのだと思います。

 駅までの間、先ほどまでの会話は無くなり、私は車内で泣き続けていました。
 その涙はまるで、心にある曇りを少しずつ、少しずつ、洗い流してくれているようにも感じました。


 駅に着くと父は、その場の雰囲気を変えるべく違う話題をしてくれました。
「今日は美代子ちゃんタニシ食べなかったね」
 それを聞いた母は呆れたように笑っています。

「何いきなり」
 父はそのことに動じず、私に方に顔を向け同意を求めます。
「タニシも好きだったじゃないか、ねー」

 私もそんな記憶は無く。
「……そうだったかな?」とっ答え笑っていました。


 父は私の好物と母の好物を、勘違いしているようでした。
 駅員さんの動きが慌ただしくなると、帰りの電車の時間が来たようです。

「そろそろ時間だから行くね」

「仕事は大変かもしれないけど、あまり無理しないようにね」

「うん、ありがとう。電車もう来ると思うから」


 私は元気よく二人に手を振り、駅の中に入っていきました。

「着いたら電話して」

 母も手を振ってくれています。
 帰りの電車の中、両親の前で泣いてしまった自分を思うと、恥ずかしいながらもスッキリした気持ちでいました。
 
 恰好悪かったな今日の私。
 
 そんなことを思いながらノートを広げると、ミーコはノートに描いた縁側に座り、かんぴょう巻きを食べていました。
 ミーコのスケッチブックには多く描かれた、ブーゲンビリアが咲いていました。