夕方になり帰宅時間が近づくと、母は東京に戻ることを拒みます。
「いいじゃない、明日もお休みでしょ、今晩泊まっていきなさいよ」
 私は笑いながらも、帰る準備をしながら答えました。
「またすぐに会えるから」


 嬉しい言葉に断り続けていました。
 帰りの車では母も送ってくれることになり、私は後部座席に乗りました。
 駅までの間も母は年末に会う話ばかりしていましたが、一年に数回、東京に出ると親子なのに会う機会が少なくなり、当たり前なことですが変なことのように思えます。


 車内から見える夕方の景色は、昼間の明るいものとは違い少し優しく懐かしくも感じさせます。
 水色の空に浮かぶ、うろこ雲だけが夕日に染まっています。
そんな素敵な光景の中にもかかわらず、その日隠していた気持ち、両親を心配させていた自分を思い出していました。


 そのことに気付いていながら見て見ぬふりをしているようで、自分が嫌に思っていました。
 駅まで向かう車が、市民プールに近づくと、私はある決意をしました。

 両親にお礼を言おうと考えたのです。

 言葉に出すことで何か区切りがつく、ずるいながらも、自分が救われると思ったのかもしれません。
 幼少期から、かなりの年月が立っているので、今更お礼を言うのも不自然だと思うと、ちゅうちょもしてしまいます。
 でも折角の機会だし、声に出して二人に伝えよう。


 ひょっとして両親も喜んでくれるのではと思い、私は言葉を整理し二人に話し始めます。
「そう言えば私が子供の頃に、三人でバスに乗ってプールに来たね」
 両親はその言葉に当時を思い出し、微笑んでいました。

 父は「近くに屋台のおでん屋が来ていて、帰りに食べたなー」
 と、思い出し。

 母は「夏の間は休日には来ていたよねー」
 と、懐かしがります。