一口食べると懐かしいその甘味は、食欲と安心のようなものを与えてくれました。
「……やっぱりお母さんのは美味しい」
 味覚以外の何かを感じると、自然に小さな声でそんな言葉をこぼしていました。


 その言葉を聞いた母は、当初は照れながら微笑んでいましたが、急に切り替わるかのように泣き出しました。
 少し驚きながら、うろたえてしまいます。

「お母さん……」
 母はエプロンで涙を拭きながら、自分のことをあきれるかのように笑ています。
「だって嬉しくてね」

 その時は気付きませんでしたが、声に出して美味しいと表現したのは、幼少期の頃だけでした。
 大人になっていくうちに、ごく当たり前の発言も出来ていませんでした。


 父は涙もろい母を見て、笑いながら話します。
「ほら、泣いていないでお吸い物も出しなよ」
 気遣う父の言葉であることがわかると、心に隠していた罪悪感が浮かび上がるようでした。


 それからの話題は、私のこの数ヶ月の話ばかりしていました。
 上司が昔デザインの担当をしていたこと、職場で苦手だった人から洋服を頂いたこと、休日には外に出かけ、ノートに景色を描いていることなどを話します。


 明るく、出来るだけ笑顔で、そんなことを考え話していました。
 そして今では大事な存在である、ノートを見せていました。

「これが電話で話したノート。本みたいに分厚いでしょう」
「本当だーずいぶんシッカリしたノートだねー」

 父もノートを見て面白がっています。
 私はノートの背表紙に描かれたペンタスが気になり、母に尋ねてみました。
「お母さんペンタスって花、知っている?」


 背表紙に描かれた星型の絵を指さすと、母は目を細めながら見ています。
「へーこれがペンタスて言うお花なの」
 母も存在を知らないようでした。