数日後、デザイン部門の横を通ると、石井さんに呼び止められました。
「田中さん、ちょっと待って」
 洋服の一件から時間が立っていたので、少し安心していたのですが、再び緊張が走ります。
 

 今度は何だろう、困惑しながらも何故か怒られるのを覚悟しながら、近づいていきました。
「これあげる」
 仕事に夢中のせいか私を見ることも無く、おもむろに紙袋を差し出してきました。
 

 受け取り中を覗くとインディゴ色のものと、黄色と白色を使用した洋服が入っていました。
「いえ、そんな」
 変な言葉で紙袋を両手で返しましたが、石井さんはそんな私を見ることもなく仕事をしています。


「もう着ないから、田中さんにあげる、大事にしてよね」
 何事もなかったかのように、一方的なしゃべり方で話します。
 私はそんな石井さんに、言葉をかけ辛くなっていました。


「ありがとうございます」
 小声でお礼を言いながらも、その場から離れる足取りがゆっくりになっていました。
 苦手な石井さんから、洋服をもらうとは思いもしなかったので、複雑な気持ちです。
 

 本当にもらっていいのかなー、何度か石井さんの方を振り返りながら考えていると、近くに置いてあったホワイトボードに目が止まりました。
 ホワイトボードには、雑誌で使用される企画内容が書かれていています。

 そこにはタイトルの可愛く見せるベッドアイテムと書かれ、雑誌社からの注文を再現したベッドのデザイン画が、数枚一緒に貼られていました。
 
 何気なくそのデザイン画に目を移すと、足が止まり目を離せなくなっていました。
 デザイン画の数枚は可愛く見せるために、クッションの起き方や、ベッドカバーを変更された物など描かれていましたが、その内の一つには変更前のスタンダードなベッドの絵が描かれていました。
 本来ならば、変更前の絵には興味は持たないと思います。


 それでも私に興味をもたせた理由は、素朴ででありながら、その上にひかれた布団と枕がとても清潔に見え、柔らかくフカフカであることが表現されていたからです。
 三人のうち誰が描いたのだろう? 
 そのデザイン画を眺めながら、現在の自分を見詰め直していました。
 

 私は会話することが苦手であることから、共同作業が出来ないと思われ、デザイン担当では無いと考えていました。
 いま考えれば、確かにそれもそうだと思います。
 でも、それ以前に技術も表現力も、三人には到底及ばないことに気づきました。
 

 石井さんも森川さんの言う通り良い人そうですし、色眼鏡で見ていたからその良さに気づかなかっただけだと考えると、正当化している自分に、悲しい気持ちになりました。
 紙袋を抱きしめながら席に戻ると、石井さんとのやりとりを見ていた、森川さんが興味津々に聞いてきました。


「何をもらったの、見せて」
「洋服だそうです」
 そう答えながら紙袋から取り出してみると、思わず絶句してしまいました。


 一着はジーンズ生地の上着で、胸元と袖部分にフリンジが付いた物でした。
 もう一着はワンピースで、白色に黄色の小さな千鳥柄がプリントされています。
 襟と短い袖元には白色を使い、清潔感は有るものの、とても派手な洋服でした。


「へー、スカートを膨らませるようにペチコートも有るじゃない」
 森川さんの弾むような声とは裏腹に、私はこの洋服たちをどの場面で着たらいいのか考えつかず、言葉が出ませんでした。
 森川さんはジーンズ生地の上着を、私にあてがいながら話します。


「これを着るには勇気がいるけど、うーん。似合う似合う」
 そう言葉をかけてくれるものの、森川さんが安易に発言していることがわかると、顔を見合わせ笑っていました。

 人と接することで、傷つくことばかり考えていましたが、いつの間にかそんな考えは忘れていました。