その夜、私の住むアパートに、母から電話がかかってきました。
 お盆時期の連休で、実家に戻れないかっという内容です。
 私も両親に顔を診せるべきだと考えていたので、日帰りですが帰ることを伝えました。
 

 母は会話当初、嬉しそうな声で喋っていましたが、次第に一泊して帰れないかと何度も問いかけるようになっていました。
 断りはしたものの、そのしつこい問いかけは、何故か苦痛に感じることは有りませんでした。
 電話を切ると、ノートの中から声が聞こえます。


「誰と喋っていたの」
 ミーコはノートの中で輪投げをしながら、私に話かけます。
 テーブルに置かれたノートを覗き込むと、私が描いた五個の輪は、全て的から外れていました。


 あんなに近くから投げているのに、意外に不器用なんだなー。
 一瞬そんなことを思いながら、しゃべります。
「実家の両親、今度顔を見せに帰るって話」  


 ミーコは外れた輪を拾いあげると、顔を傾け聞いてきます。
「両親?」
 どうやら言葉の意味がわから無いようです。
「私のお父さんとお母さん」


 わかりやすいように説明をすると、その言葉に少し考えています。
「ミーコのお父さんとお母さんは?」
 自分に置き換えるかののように、聞いてきました。


 ミーコは以前から私の家族だと思っていたので、照れくさいながらも自分を指差し、心の中で準備していた言葉を話します。
「私がミーコのお母さんだよ」

 ミーコは不思議そうな顔をして、私を指差し話します。
「お母さん?」
「そう、私がミーコのお母さん」

 お互いの言葉に認識し合うと、二人で照れながら笑っていました。
 ミーコは笑顔のまま、更に問いかけます。


「そうかーじゃあ、ミヨコと結婚した人が、ミーコのお父さんになるのかなー」
 何気ないその言葉で、私の表情は作り笑顔に変わっていました。
 それは何故か、会社の杉田さんのことを、思い浮かべていたからです。


 やだ、何を良いように考えているんだろう、ただ少し声をかけてくれただけなのに。
 思い違いであると自分に言い聞かせていたのは、好かれていると考える期待では無く、人を避けている自分に、そんな資格は無いと考えからでした。


 それに肩と背中のアザを見たら、きっと。
 私はその後、その言葉に答えることは出来ずに、違う話題をしていました。