会社に着くと森川さんはすでに出勤していました。
 私の席は森川さんの隣なので、席に着くまでも視界に入り意識してしまいます。


 挨拶をし、何気なく机の上を見ると、いつもは綺麗に整理整頓されているその場所には、普段では見かけない資料の束で埋め尽くされていてありました。
 色褪せくたびれている物や、隅がめくれている物もあります。
 気に留めていないフリをしながらも、目線は自然に向いてしまいます。 


 資料の内容がわかると、鞄をロッカーにしまうことを忘れ、立ち尽くすように見つめてしまいます。
 凄い。料理の作り方のイラストが描いて有る。
 周りには沢山文書が書いてあるし、いったいどんな内容が書かれているんだろう? 
 興味が隠しきれないせいか、普段とは違う行動で席に座る動作もゆっくりになってしまいます。


 そんな私の心情を森川さんは理解したようで、ニコッと微笑み話しかけてくれました。
「この資料はね、昔料理のレシピ本のイラストを担当した時の物なの。資材整理の時に出てきたんだけど捨てづらくて」
 森川さんはその資料の束をめくり、思い出したかのように話します。
「企画当初は食材と工程のみイラストだったんだけど、結局完成した料理も写真ではなく、イラストで再現することになっちゃて」
「森川さんが、描かれたのですか」
「うん。でも大変だったんだー、料理の先生に打ち合わせで聞いてばっかしだったから、よく嫌な顔をされたよー」


 言葉の内容とは違い、優しい表情からは嬉しさみたいなものが感じ取れます。
 私は森川さんが今の業務以前に、デザインを担当していたことに驚きました。
 しかも資料に描かれている料理のイラストは、どれも可愛らしく美味しそうです。


 同じように料理の絵が描ければ。そんな気持ちになったのは自身の絵の上達よりも、ミーコに喜んでもらいたいと思う気持ちが、強くなっていたからだと思います。