目的地の台公園にたどり着くと、美恵はその長い階段を見上げ話します。

「凄く長いね。美恵、自分で登りたい」

「大丈夫なの? 足元ちゃんと見て転ばないでね」

 私がそう話すと、美恵は手を差し出します。

「お父さん、お母さん。美恵の手を握ってて」

 私達は階段から落ちないよう優しく両側で手を握ると、美恵は強く握り返します。
 一歩一歩、美恵が階段を上るのを確認しながら、私達もゆっくり登ります。

 足元を見ると小さな草花が咲き始め、春であることを教えてくれています。
 三人で繋ぐ手に、ミーコの願い事を思い出していました。

 美恵もミーコと同じぐらいの年齢になったでしょうか? 美恵を見ていると当時のミーコと重なります。
 階段の途中では桜が咲き乱れ、恵さんは舞い落ちる花びらにそっと手を差し出します。

「今日は満開だね、風も無いし絶好の花見日和だね」

「うん、今日で良かったかも、天気予報では明日雨だから桜も散っちゃうかもね」

「美恵ちゃん頑張れ、後少し登ると、お花が一杯咲いてる場所が見られるよ」

 恵さんが美恵に話しかけると、私達を交互に見て答えます。

「うん、三人でニコニコしながら、散歩しよう」

 その言葉に、ミーコのことを思う気持ちが強くなります。

 ああっ、もうすぐミーコの好きな花壇が見られる。

 久しぶりの光景に、当時の気持ちがよみがえります。

 ありがとうミーコ、私今幸せだよ。
 ミーコのおかげで私、愛情の意味を知ったよ。

 一歩一歩、花壇に近づくと、先ほどの美恵の言葉に、ある疑問を抱きました。

 私は美恵を見ながら最後の階段を登りきると、それまで穏やかだった公園内に突如強風が吹きました。
 うなりをあげ、大人も押し動かしてしまいそうな風に、恐怖し目を閉じてしまいます。
 恵さんは美恵と私を同時に守るように抱き締めると、私は今までより強く美恵の手をにぎりました。

 暗闇の中、高台に吹く風は一瞬不安を与えましたが、それは次第に優しい香りを運んできました。
 頬に花びらの軽い感触が当たるのがわかると、どこか懐かしい声が聞こえました。

「キレイ、すごくキレイ」

 その声に導かれるように、目を開けると、目の前には春の花が咲いていました。

 スイセンにクロッカスにヒヤシンス、サクラソウにマリーゴールド。
 そしてその花壇の周りには、咲いているはずの無い季節外れの赤いブーゲンビリアが咲いていました。

「なんで? なんで咲いているの」

 その花々は現実とは思えないほど、鮮やかな色彩をしています。

「まいったなー」

 恵さんは美恵と私を抱きしめながら、先ほどの突風で宙を舞う桜の花びらを見て涙を浮かべています。
 それはまるでノートの最後に描いた、光景そのものでした。
 先程の懐かしい言葉を思い出し、美恵に話しかけていました。

「ミーコ? ミーコなの」

 美恵は不思議そうな顔で、ただ見つめているだけでした。
 昔、森川さんが話してくれた、ペンタスは願い事を叶えてくれる花だと言う意味は、どうやら本当だったみたいです。

 ミーコの願い事は、私の願い事。

 それを今、叶えてくれたのですから。

 その日私達は手を繋ぎ、春に咲く花達と、季節外れのブーゲンビリアを見ながら歩きました。
 訴えかけているように咲くその花達は、私に何かを教えてくれているかのようでした。
 
 アパートに帰ると、あの黒いノートはどこを探しても見つからず、突然消えてしまいました。
 大事なノートでしたが、無くなったことに何故か納得をし、その現状を受け止めることが出来ていました。
 私の願い事を叶え、また違う人の元に形を変え、旅だったのではないかと考えています。

 あのノートに出会い、そして今感謝しています。

 
 私は人が苦手です。そんな事を思う人は数多くいるのでは無いでしょうか? 私もその中の一人でした。


                         おわり