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階段をのぼりながら、思いきり息をつく。
昔から、「礼儀正しい」とか、「律儀な子」と言われることが多かった。名前は「紺」――いかにも和風って感じ。おまけに、小さいころから書道を習ってもいる。
一学年が二クラスしかないと、情報が広まるのもあっという間だ。気づいたら、「森山紺=魂が武士」というイメージが、まわりにしっかり定着していた。
目立つのは苦手だから、クラスメイトの様子をうかがって、浮かないように注意してはいる。それなのに、ちょっとしたことで武士武士言われることもあり、イメージは強まるばかりだった。さっきだって、「自分の身内のことは、すすんで助けないと」と思っただけなのに。
三階までのぼると、すぐに生徒会室が見えてきた。何かの会議中かと思ったけれど、ドアは大きく開かれていて、話し声もしない。紺は、そっと中をのぞいてみた。
四月のやわらかい光が、窓からたっぷり差しこんでいる。
その中で、一人の人物が、テーブルの荷物を片づけていた。目もとにこぼれた髪が、チカリと光をはじいている。こちらに気づくと、わずかに目を大きくした。
紺は、とっさに姿勢を正した。
「あ、あの、二年の森山紺です」
言ってから、また頭を抱えたくなる。いきなりこれでは、武士が決闘前に名乗っているみたいだ。そもそも、忘れ物を持ってきただけなのだから、名乗らなくてもよかったのかもしれない。
身がまえたけれど、相手はちっとも表情を動かさなかった。
「三年の、坂口明日馬です」
それどころか、あっさり名乗り返されて、ひょこっと頭を下げられる。拍子ぬけしていると、その視線がこちらの手にとまった。
「もしかして、森山さん……えーと、書記の?」
マヒナのタブレットのことだと気づいて、紺はうなずく。
「教室に置いてあったので、念のため持ってきたんですけど」
タブレットを差しだすと、ああ、と相手はつぶやく。
「他のメンバー、ちょっと一階まで出てるので。あとで渡しておきます」
そう言って、すっとタブレットを受けとる。まなざしも声も、なんというか、常温だ。
……さっきから、ぼんやりしたものが引っかかっている。でも、このまま考えこみながら立っているのもおかしいだろう。
紺は、ありがとうございます、と伝えて、生徒会室をあとにした。