小料理屋での会合が功を奏したのか、オーナーとの関係は急速に近しくなり、飲む度にオーナーは饒舌になっていった。
 しかし弟は焦らず、取り止めのない話を続けた。
 完全に心を許してくれる時を待っていたのだ。

 それは、二つ目の餌を仕掛けた時だった。
 彼は食いつき、強烈な引きを示した。
 
「旨いね。最高だね。言うことないね」

 夢開市唯一の板前割烹の個室でオーナーはご機嫌になっていた。
 滅多に手に入らない希少な日本酒、日本一に輝いた大吟醸に酔いしれていたのだ。
 
「オーナーほどのお人には、これくらいの酒をお出ししないと」

「いや~、ハッ、ハッ、ハッ」

 お上手とも気づかず、天にも昇るような笑い声を発した。
 それを弟は見逃さなかった。
 チャンスとみて店の人を呼び、耳打ちをした。
 
 しばらくして芸術的なデザインが施されたボトルが運ばれてきた。

「これは?」

 テーブルに置かれた途端、オーナーが大きく目を開いた。
 幻の酒と呼ばれている極上の大吟醸だった。
 
「まさか、これを……」

 恐る恐るという感じで手に取って愛おし気に撫でた。
 滅多なことでは手に入らない高嶺の花を前に感激しているようだった。
 一口飲んでは褒め、一口飲んでは礼を言うということが続いた。
 呂律が回らなくなるのに時間はかからなかった。