「どうした?」

 用務員のおじさんだった。
 (ほうき)(ちり)取りを持っていた。
 
「なんでもありません」

 寒田が明るい声を出した。

「もう大丈夫よね」

 黄茂井がわたしを立ち上がらせて、汚れを払うようにスカートを手ではたいた。

「保健室へ連れて行こうか?」

 用務員さんが心配そうに顔を覗き込んだが、わたしは何も言えなかった。
 言い付けたら今度は何をされるかわからないからだ。
 だから黙っていると、用務員さんは「あとは私がするから」と言って寒田と黄茂井に視線をやった。
 二人は頷いてそこから立ち去った。
 
「酷いことされたのかい?」

 わたしは首を振った。
 本当のことなんて言えるはずはなかった。
 
「そう……」

 納得していないようだったが、校門まで送ると言って背中を軽く押された。
 わたしはランドセルを背負って用務員さんの横を歩いた。

 校庭を横切っていると、バットを持った建十字とサッカーボールを持った横河原に出くわした。
 二人はわたしと用務員さんの顔を見て、ん? というような表情になった。
 でも、何も言わずすれ違った。
 
 図書館に寄ろうかと思ったが、本を読む気にはならなかったのでまっすぐ家に帰った。

 部屋に入ってランドセルを置くと、涙があふれてきた。
 ベッドに横になって掛け布団を頭から被って声を出さずに泣いた。
 
 お母さんには何も言わなかった。
 疲れて帰ってくるのがわかっているのに心配をかけたくなかった。
 普通の振りをして晩ご飯を食べてテレビを見た。