教育文化省を辞したその足で、市役所で桜田市長に、教育委員会で堅岩教育長に、スポーツ学園で夏島校長と秋村教頭、それに、丸岡と鹿久田に挨拶を済ませ、いつもの道を家に向かって歩いた。
 それは、小学生の頃毎日歩いた道だった。
 歩きながら色々な事を思い出した。
 本当に色々な事を。
 
 しばらく歩くと、あの公園に差し掛かった。
 わたしが小学4年生の時、ベンチに一人で座って本を読んでいた公園だった。
 ふと見ると、見知らぬ女の子が一人でベンチに座っていた。
 手には本を持っていた。
 でも、読んでいなかった。
 本を読むふりをして、上目遣いに友達を目で追っていた。
 誰か遊んでくれないかな、というような目をしていた。
 でも、誰もその子のことを気にしていなかった。
 不憫(ふびん)に思ったので、近づいて声をかけた。
 
「何を読んでいるの?」

 しかし、その子は、〈見ないで〉というようにバタンと本を閉じた。
 その途端、まるで本がイヤイヤをしているかのように動いて手から離れていった。
 わたしは芝生の上に落ちたその本を拾いあげた。
『いじめっ子、いじめられっ子』というタイトルが目に入った。
 それに気づかないふりをして本を返すと、その子はタイトルが見えないように本を裏返した。
 そして上目遣いにわたしを見た。
 その目には小学4年生だった頃のわたしと同じ悲しみが宿っているように見えた。
 わたしはその子の目と同じ高さになるようにしゃがんだ。
 
「お姉ちゃんと一緒に遊ぼ」

 するとその子は、えっ、というように目を見開き、口を開けた。
 思いもかけない言葉に戸惑っているようだった。
 どうしたらいいかわからないようだった。
 それでも、しばらくしてその子の口から小さな声が漏れた。
 
「あのね」

 一瞬口ごもった。

「な~に?」

 わたしは、その子の言葉を待った。

「あのね」

 その子の小さな手がわたしの手に触れた。

「待っていたの。わたし、ず~っと待っていたの。誰か声をかけてくれないかなって」

完