「ごめんなさい。わたしばかり話して」

 一方的に話していた自分に気づいて恥ずかしくなり、慌てて桜田に頭を下げた。
 しかし、彼はなんにも言わなかった。
 笑みを湛えて柔らかな視線をわたしに向けているだけだった。
 その目に吸い込まれそうになった時、バックグラウンドミュージックが変わった。
 それを合図にするかのように彼はグラスを持ち上げてオンザロックに口を付けた。
 すると、表情が変わった。
 何か思い詰めたような目になった。
 一度視線を落としたあと、緊張したような顔でわたしを正視した。
 
「貴真心さん」

 いきなり名前を呼ばれた。
 その声はわたしの心を射抜くような響きがあったが、次の言葉は衝撃と言ってもいいものだった。
 
「結婚を前提に付き合ってくれないか」

 突然のプロポーズだった。
 わたしは気絶しそうになった。
 
「君への想いがどんどん膨らんで、自分の気持ちが抑えきれなくなってしまった」

 切なそうな目で訴えられた。
 わたしはどうしていいかわからなくなった。
 
「君も知っている通り、私は結婚に一度失敗している。それに、一回り以上年上だ。だから、君に求婚する資格はないといつも自分に言い聞かせてきた。しかし」

 彼の手がわたしの方へ伸びてきた。

「帰国する前にどうしても気持ちを伝えたくなった」

 わたしの指先に触れた。

「君の未来に私の未来を重ねたい」

 優しく柔らかくわたしの手を握った。

「一緒に人生を歩んでくれないか」

 わたしは動揺してどうしていいかわからなくなり、目を逸らして窓の外を見た。
 するとライトアップされたフィレンツェの大聖堂が見えた。
 
 どうしたらいいの?
 
 大聖堂に問いかけたが、返事はなかった。
 わたしは視線を桜田に戻すことができず、窓の外を見続けた。
 
 横顔に何か熱いものを感じた。
 痛いほど強く感じた。
 それに促されるように視線を彼に戻すと、訴えるような眼差しがわたしを射った。