あっ、あった。
 こんなところに……、
 
 直径70センチほどの円形画がドア横斜め上にひっそりと掛けられていた。
 間違いなく『小椅子の聖母』だった。
 ラファエッロ・サンツィオが1514年頃制作したと言われている名画。
 500年の時を超えて、まるでわたしを待っていたかのように微笑む聖母。気高く、美しく、温かみのある眼差しに包まれているように感じた。
 
 しばらく立ち尽くしたあと、少しずつ近づいた。
 聖母の目に吸い込まれていくように歩を進めた。
 その目はわたしを見ていた。
 間違いなくわたしを見ていた。
 聖母の視線がわたしを真っすぐに見つめていた。
 
 ローマ滞在中、バチカン宮殿の署名の間で『アテナイの学童』や『聖体の論議』などの名画に衝撃を受けたわたしは、フィレンツェで『小椅子の聖母』に会える日を心待ちにしていた。
 期待に胸を膨らませていた。
 だからこそ、目の前で見る聖母の眼差しに魅入られ続けた。
 こんな眼差しを送ることができる人になりたいと思った。
 悩める人に手を差しのべる温かさと包容力を持ちたいと強く思った。
 それは、教育に携わる者として究極の眼差しのように思えたからだ。
 
 わたしにもきっと……、