秋村(あきむら)色葉(いろは)先生です」

 演奏会終了後、花束を持って楽屋を訪問すると、その場で鹿久田の妹から紹介された。
 指揮を執っていた女性で、都立音楽大学の教授だった。 
  
「素晴らしい演奏で感激しました。アンサンブルの素晴らしさに驚きました。でも、ただ調和しているだけでなく、リード楽器はより際立って、本当にメリハリの効いた素晴らしい合奏だなって、聴き惚れてしまいました」

 わたしは自分の感じたままを彼女に伝えたが、彼女はそれを軽く受け流し、いきなり持論のようなものを展開し始めた。

「指揮者の仕事はチームマネジメントなんですよ。チームとして最大の効果を発揮するためにメンバーそれぞれの役割を理解させることが重要なんです。その上で、各自の技術向上を促し、更なる相乗効果に繋げていきます。役割を理解し、技術が向上し、相乗効果が高まると、次は主張です。ソリストとしての表現力を磨くのです」

 急に講義のような話をされたので呆気に取られていると、「先生!」と鹿久田の妹が苦笑いしながら間に入った。

「音楽の話になるといつもこうなんですよ。せっかく演奏を褒めていただいたのに、お礼も言わないで説教するみたいに話すんだから」

 ダメでしょう、というような顔で教授を諭した。
 教授は舌をチラッと出して、ごめんなさいというように顎を引いた。
 その仕草が可愛かった。
 可愛くて純粋な女性だなと思った。