「じゃあ久住さんの言う前の私はどういう人だったんですか?」

「は?」

「…少しだけですけど記憶が戻った気がします」

「っ何の、」

「目の前が……血だらけでした」

「………」

「蒼井さんは私と初めて会った時、私の事をツキではなく“ルナ”と呼びました。…どういう事なのか、いい加減私の事を教えてください」


久住さんは黙ったまま、キッチンの方へ向かい換気扇をつけた。
慣れたようにポケットから煙草を取り出し火をつける。


「……今はまだ言わない。俺は、別にお前に記憶が戻らなくていいと思ってる」

「どうして、」

「前のお前より、今の方がよく笑うから」


カカオと煙草の独特な煙の臭いが鼻を通る。

困ったように久住さんは笑い、その表情に何も言えなくなってしまった。
“これ以上は踏み込むな”と訴えているみたいで。

私の為にも、良くしてくれる久住さんの為にも一刻も早く記憶を取り戻したいと思っていたのに。