「だから転校して来たのか」

「うん。新しい場所なら今までの記憶なんていらないし。久住さんには感謝してもしきれないや」

「久住さん?」

「あ、私の保護者なの」

「へぇ」


すると予鈴が鳴り、「そろそろ行かないと」と女は立ち上がった。


「なぁ」

「ん?」

「なんで周りに話してない記憶喪失の事、俺に話したんだよ」

「んー、積木くんは誰にも言わなそうだったから」

「…分かんねぇじゃん。ほぼ初対面だぞ俺ら」

「確かに。でも、好奇心で干渉してこないでしょ?」


立っていたのに羽宮は俺の目線に合わせしゃがみ込み、ニコリと笑った。

…なんだ、この違和感。


「積木くんは教室行かないの?」

「行かねぇよ。てか、それやめろよ。“積木くん”って呼び方気持ち悪ぃわ」

「そう?うーん、じゃあ積木麟太郎だから……麟くん!」

「は?」

「あ、やば!もう教室行かないと!じゃあまたね、麟くん!」

「あ、おい!その呼び方もやめろ!」


台風のように立ち去った羽宮の後を目で追い、ため息が出た。

本人は気付いていないようだが笑う度に感じる違和感。
笑い慣れていないような、貼り付けたような笑顔…なんて言ったらいいのか分からないが。

記憶を失くす前の羽宮はどんな奴だったんだろうか。
多分、今の羽宮とは大きくかけ離れているんだろうなとさっきの甘い香水と煙草の混ざった匂いを思い出しながら思った。