あやめちゃんはアホで扱いやすい。

俺が提案した恋人ごっこにもすぐ乗ってくれた。


嬉しい誤算としては、あやめちゃんが俺が想定していたほどイカれていなかったことがある。

自分の柊に対する執着が異常だとあやめちゃん自身も薄々気付いていて、少し揺さぶれば多少なりともそれを変えようとする意識が浮かび上がった。

そこを突きに突きまくって、恋人ごっこをすることを了承させた。

今度は脅しではなくきちんと、あやめちゃんのことを傍にいさせる資格を手に入れた。

もう離れていかないように。「さようなら」と言われることのないように。


悪いけど俺、柊にはもうそこまで執着してないんだ。

あやめちゃんがこの学校へ来てからあやめちゃんのことばっかりで全然抱いてくれないし。構ってくれない男なんて嫌いだ。


俺は他のどの女と一緒に居ても寂しいけれど、あやめちゃんといると寂しくない。

それはあの夏休みを経験して分かっていたことだった。

病的なまでの遊びたい盛りの俺とはいえ、あやめちゃんとの恋人ごっこは簡単だった。

俺は色んな人間と性的関係を持つのが趣味みたいなもんだから、正直いつまで続くか分かんないけど、この時点ではあの夏休みと同様、あやめちゃんさえいれば良かった。



あやめちゃんもあやめちゃんで、あれだけ仲良くしていた桜ちゃんを放置し始めた。


簡単に無慈悲になれるところもきっと似た者同士だと思ってたよ、あやめちゃん。

ほらね、俺がクズならお前もクズだろ?



「……何見てんの」


スマホのホーム画面に表示される桜ちゃんからの通知を無表情で消していたあやめちゃんが、隣に立つ俺を見上げる。


「いや。俺らどうしようもねぇな~って」
「俺“ら”って言うのやめてくれる?」


不服そうに唇を尖らせるあやめちゃんにキスをした。


あやめちゃんが家に来なくなってからしばらくは、あやめちゃんのことあれだけどうでもいい存在として扱えたのに、傍に居るようになるとまた思う。

この子とずっと一緒に居たいって。




そんなある日、あやめちゃんがまた泣いた。


あの夏休み一度も女の子の日が来ていなかったから体質かなとは思っていたけど、予想通りかなりの生理不順でしかも来ると重いらしく、家まで差し入れに行ったら珍しく素直に礼を言われた。


痛みと周期的な不安定さからか、あやめちゃんは俺の前で顔をグチャグチャにして泣きだした。

これまで見たどんな女の子の顔より不細工だった。

……あやめちゃんは意外と泣き虫だからなぁ。



その華奢な身体を抱き締めて頭を撫でた時、言い知れぬ庇護欲を感じて戸惑った。



自分のことを弱いと言うあやめちゃんに、心の底からツッコミしか出てこなかった。

弱い女は俺にあんな態度で挑まねぇんだよ。



あやめちゃんは強いっしょと言う俺の反論を聞き、しばらくして泣き止んだあやめちゃんと、まだ時間があったので色んな話をした。

柊から聞いていたことも多くあったけど、あやめちゃんが母親の再婚相手とその日の夜に会うことは初めて知った。

もしかしたらそれに対する不安もあって泣いたのかもしれない。



「ま、あやめちゃんなら大丈夫でしょお」と適当なことを言うと、あやめちゃんがにへらと柔らかい笑顔を浮かべた。

そのアホそうな間抜け面を見た時、胸がきゅうっと締め付けられるような心地がした。



この子を肯定してあげたい。

柊だけを見て過ごしてきたこの子の狭い世界を壊してあげたい。

柊を卒業した後のあやめちゃんは、どんな態度で、どんな表情で俺に挑むんだろう。



泣きはらした目で笑う彼女の、以前はくだらないと思っていたはずの瞳の色が吸い込まれる程に綺麗で、そこそこに整った顔立ちが俺の知る他の誰とも異なる繊細な魅力を持っていて、今初めて浮かんだ彼女への気持ちの名前が彼女にバレないように、絶対にバレないように、吐きかけた息を呑む。





こんな複雑な恋愛感情は抱きたくなかった。