遠慮ってものを知らない図太い女だと思った。

どれだけ牽制しても噛み付いてもあの手この手でやる気を削ごうとしても歯向かってくる。

少しも俺に柊を譲る素振りを見せない。



今までの女みたいにはいかないということ、理解したのはあの時だ。




 ――『自分の独占欲から弐川くんをまるで自分の物みたいに扱う桜ちゃんと柊くんを自分の物だって言う弐川くんの何が違うの』

 ――『柊くんのことモノ扱いするような人に私は負けないから』




こちらを睨み付けてそう言ったあやめちゃんは、こっちが化粧品を買ってやったというのにさっさと帰っていった。



一筋縄ではいかないと分かって、多少強引な手を使って傍に置いたことが全ての始まりだったのかもしれない。

柊と会わせず、俺とばかりセックスさせて、頭の中を俺でいっぱいのずぶずぶにしてしまえばどうせ俺に惚れると思った。

そのためにヤりたい時にあやめちゃんを呼び出して抱いた、ただそれだけだった。


ヤった後に背を向けて他の女の子に好き好きLINEを送っていると、あやめちゃんがぽつりと一言呟いたのを覚えている。


「ほんとクズだよね、弐川くん」


何億回と言われた言葉、でもあやめちゃんに言われると何故だか響きが違った。

あやめちゃんの言う“クズ”には俺を責めるニュアンスがなかった。

最初は俺のこういう部分を嫌っていた様子だったが、脅しまでしたせいでもう何もこちらの人間性に関して期待していないのだろう。

こいつどうしようもねえなと言いたげにしては改善を求めないその態度に心地良さを覚えた。



それからの夏休み、あやめちゃんと過ごす日々は意外にも充足感を伴うものだった。

あやめちゃんといるうちに、自分の心情の変化に気付かざるを得なくなった。

最初は本当にただ柊から離そうとしていただけだったのに、初めてまともな友達ができたようで、あやめちゃんと居る時間だけは寂しくなかった。



交際をしているわけではないけれどどの異性よりも互いを知っていて話が合って、一緒にゲームをしてご飯を食べてセックスをする、恋人と呼ぶに足りないものは双方の恋愛感情のみな関係。

この関係を俺は親友と呼ぶが、他の人間はセフレと呼ぶ。



他の人間には受け入れられないであろう友情を築いていた夏休みの中盤、あやめちゃんが桜ちゃんと接触した。

てっきり柊の妹である桜ちゃんに近付いて柊にも近付こうという俺に似た魂胆だと思ったが、あやめちゃんは桜ちゃんが柊の妹であることすら知らなかった。

本当に幼馴染みか?と呆れたが、面白いので放っておいた。




 ――『私柊くんのこと好きだもん。大好きだから。会うの我慢とかできない』




あやめちゃんにそう告げられたのは夏休みも終盤に差し掛かる頃だった。

何故急にそんなに気が変わったのか理解できなかったが、あやめちゃんが帰った後、リビングのローテーブルに置かれた袋の中にあった肉じゃがを見て全てを理解した。



そうか、柊が来たのか。


そりゃあこうなるよねぇ。あいつ自覚あるかしんないけど、あやめちゃんに冷たくするくせに手放そうとはしないから。



仕方がない。脅して言うことを聞かせて築いた関係なんてどのみちすぐ終わる。


一人で肉じゃがを温めて食べながら、他の女の子にLINEを送った。

【今暇~?】
【ごめん、今はムリ!夜ならいけるよ~】

一人と予定が合わなかっただけでやる気が失せ、それ以上誰かに連絡を取ることはしなかった。



食べ終わった皿を水に浸け、ソファに寝転がる。



 ――『初めて夏休みの大部分を他人と過ごせて嬉しかったよ。さようなら』



目を瞑ればあやめちゃんのあの失望したような表情が浮かぶ。


……ちなみに、俺も同じ気持ちだったけどねぇ。

なーんて。

もういない人間に言ってもしょーがないかぁ。





いつだって人間関係が終わるのは突然だ。


でも俺にとっては特定の相手とだけ遊んでいるあの状態が異常、いつもの日常に戻っただけ。

あれから一人で眠ることをほんの少しだけ寂しく思ったけれど、すぐに他の女を連れ込んで紛らわせた。



あやめちゃんのことを割り切って忘れかけていた夏休みも明けしばらく経ったある日、あやめちゃんから電話がかかってきた。

柊と桜ちゃんが並んで家へ入っていくのを見たせいで、メンタルがブレて泣きながら俺に二人の関係を尋ねてきたのだ。

こいつバカじゃねぇの、こんな漫画みたいなことあるんだって笑えた。


その時点でもうほとんど興味がなくなっていたあやめちゃんのことまた面白いって思った。


しかもあやめちゃんは俺の適当な嘘をマジで鵜呑みにするから、もうアホで可愛くて仕方がなかった。



ああもう――嘘つきってよく言われるって言っただろ?馬鹿だな。