高校受験が近付いたからか、あやめは中学三年生の夏から一切顔を見せなくなった。

援助交際について言及する機会が失われたまま、僕は高校生になった。



――――あやめと再会したのは、高等部の編入生歓迎会。


居るはずのないその姿を見かけた時、今度は誰だかすぐに分かった。


僕は何も聞いていなかった。

けれど、何故彼女がここに居るのか、彼女が身に纏った制服を見て全て理解してしまった。

――彼女はまた僕の真似をしたのだ。

僕の知り得ぬ世界に身を置きながら、その性質だけは変わっていないことに、歪んだ安心感を得ると共に同情した。


「愚かですね」


第一声、こう吐いた自分がどんな顔をしていたか分からない。

あやめが変わらないことから得られる安堵、何故変わらないのだ、いつまでそこにいるのだという怒りが共存していた。


中学の三年間、僕はあやめの知らない場所に身を置いて、人間性に関してそれなりの変化もあった。

しかしあやめは、あの幼い日と変わらない段階にいる。


どうにかしなければと思いながら、どうすることもできずに、ただあやめに冷たくすることしかしなかった。


そうこうしているうちに、“僕が苦戦している存在”であるあやめに興味を抱いた弐川くんが、あやめに接触し始めた。

いつものように僕に近付く女を自分に惚れさせて遠ざけようとしているのだと思い、面倒だから放っていたらキスまでする始末だ。

あやめが弐川くんを好きになれば僕への執着もなくなる。

相手が弐川くんであることだけが懸念点だが僕よりはいいと思って一度は納得したくせに、あやめが弐川くんにキスをされたと聞いた瞬間奪い返したくなった自分に嫌気がさした。

こんなに中途半端な態度を取って何がしたいんだ僕は、と自責の念を抱き悶々としながら家へ帰った。



そして夏休み期間中、弐川くんの家からあやめが出てきた時、いよいよ放置しておけなくなった。


「何のつもりですか?」


後日僕の家へ来た弐川くんに真っ先にそう聞くと、弐川くんは可笑しそうに僕を見た。


「こっちこそ何のつもりか聞きてーんだけどぉ。あやめちゃん俺んち来なくなっちゃった。柊が何か言ったからだと思ってんだけどぉ、ど~お?」


確かに、あの日弐川くんの家の玄関であやめと顔を合わせて、止めるようなことを言ってしまったのは事実だ。


「お前あやめちゃんを自分から引き離したいのか繋ぎとめておきたいのか、どっちなの」
「引き離すべきだと思っていますよ?」
「でもあやめちゃん実際は離れられてねーじゃん?お前が放そうとしねーからっしょ。ほんとは可愛いんじゃねぇの~?」


見透かすように、その下睫毛の長い目が細められる。


「そうですね。貴方に渡す気はなくなりました。イライラするので」


素直な気持ちを伝えると、一拍間を置いて、弐川くんが盛大に吹き出した。


「は、柊でも全く論理的じゃない思考で動くことあるんだねぇ。おもしれー。あやめちゃんそんなに魅力的かなぁ?俺には分かんないんだけど」



魅力の分からない相手にしては、いつもより長く遊んでいますね。


そう言おうとして呑み込んだ。この男は自覚させると厄介だ。