「この話、弐川くんはご存知で?」
「……うん。お母さんに言われたその日に言った」


すると、柊くんがふっと笑った。


「貴女が一番にこういう話をしたがるのは、もう僕じゃないんですね」


柊くんが指差した方向に顔を向けると、遠くの階段に誰かが座っていた。

最初は誰だか分からなかったけれど、足の長さから秋一くんであることは察しがついた。


「僕に付いてきました。僕は帰るので、後はご自由にどうぞ」
「え、えっ」


何で私のことが好きな柊くんが私と秋一くんの仲を取り持つんだ、と混乱して慌てる私の鼻を、柊くんが摘まむ。



「自惚れないでくださいね。貴女にフラれたくらいで、僕の人生は何も変わらない。今により魅力的な人間になって、貴女を後悔させてやりますよ」



久しぶりに見せてきた意地悪な笑顔が子供みたいで、柊くんらしいと思ってほっとした。



柊くんと一緒に戻り、秋一くんが座る階段のところで止まる。

柊くんがぽんと私の頭を軽く撫で、去っていく。


残された私は、階段に座る秋一くんを見下ろして、何で来たんだろうという気持ちでいっぱいになっていた。


「柊に告ったぁ?」


にやにやしながら見上げてくる色の白いその顔は、外灯でオレンジみがかって照らされている。


「……告ってないよ。私、一応秋一くんの彼女だし」


手すりに凭れかかりながら、予想外の質問にそう返す。そうか、秋一くんから見ればこの状況、告白したように見えて当然か。


「ふぅん。あやめちゃん律儀ぃ」
「秋一くんと違ってね。」
「俺と違って?」
「私という彼女がいながら他の後輩抱く秋一くんと違って。」


嫌味ったらしくそう言えば、秋一くんは頭を掻いて俯いた。


「ヤってねーよ」
「え?」
「桜とヤってなぁい。あの直後じゃ勃たなかったぁ」


そう言ってしばらく俯いていた秋一くんの顔がゆっくりとこちらを向く。

ぐい、と腕を引かれたかと思うと、数段低い位置の段に立たされ、お腹の周りに腕を回して抱き締められる。


「気分悪ぃ」


私の腹部に頭を押し当てる秋一くんの細い髪が手首に当たって少しくすぐったかった。


「お前、マジ何なの」


風が冷たいけれど、秋一くんと触れ合っている部分だけが温かい。



「……焦らすなよ」



切なそうに呟いた秋一くんの、私の腰を抱き締める腕の力が強くて、

ひょっとして負けたのは私だけじゃないのかもしれないと思って、その頭を抱き締め返した。


不完全な似た者同士。

きっとこの人がいなければ私は変われなかったと悔しいが思う。

好きだという陳腐な言葉では今の私たちの気持ちは交わり合わない気がして吞み込んだ。



私たちはまだこれでいい。

ゆっくりこの感情に名前を付けていくのだ。



身体に流れるこの甘い毒の作用を、今度こそ飼い慣らしてみせる。