櫛田神社は、博多駅からそこまで近いというわけではないが、十分歩いて行ける距離にあった。

入口の楼門を潜りながら見上げると、天井に方盤上の干支の作り物があった。


境内は平日にも関わらずそこそこ大勢の人で賑わっている。

桜ちゃんは黒いネイルの施された長い爪でカッカッとスマホのディスプレイを操作し、写真を撮りまくっている。

霊泉鶴の井戸、物凄く高さのある飾り山笠など、ビジュアル的にも良い写真スポットがあり、インスタが好きな桜ちゃんにも楽しんでもらえているようで良かった。


柊くんは説明板を熱心に読んでいて、桜ちゃんは熱心に写真を撮っていて、秋一くんは「疲れたぁ」と言って自動販売機に飲み物を買いに行ったので、私は一人になってしまいぷらぷらとその辺を歩いた。想像していたよりも広く、全て回っているとしばらく時間を潰せそうだった。



歩いていて目に留まったのは、寄り添うように聳える二本の銀杏の木。

これが夫婦銀杏だろうか。事前に調べた情報では、夫婦円満、縁結びの霊木として信仰を集めている木があると書いてあった。


他の観光客が夫婦銀杏に手を置いて写真を撮っているので、私も順番待ちをして木に手を当ててみた。

秋独特の冷たい風が吹き抜ける。他に待っている人もいないのでしばらくそうしていると、パシャリとカメラのシャッター音がした。


そちらを見ると、柊くんがiPhone片手に立っている。


「……撮ってくれたの?」
「ずっとそうしているので、撮ってほしいのかと」


AirDropで私にその写真を送った柊くんは、ポケットにiPhoneを仕舞って歩き出す。


「そろそろ行きますよ。太宰府天満宮にも行くので、スケジュール的に間に合いません」
「柊くん、ありがとう。この写真宝物にするね」
「あなたはそうやって、すぐ何でも宝物にするから宝物の価値が下がるんですよ」
「下がらないよ。柊くんのくれたものなら何だって価値のある宝物だよ」


――今も。柊くんがこれまで私にくれたものも、私が柊くんに依存することで生き長らえた時間も、どこへ行ったってなくならない。

私はきっと自分が思っているより強かで欲深い女だ。夢から醒めたみたいに、柊くんがいなくて大丈夫だと不思議と今なら思える。


「柊くん、あのね、」
「あやめちゃんが浮気してるぅ~」


柊くんに切り出そうとしたその時、後ろからずしりと重たいものが乗ってきた。

缶ジュース片手に私の背中に覆い被さる秋一くんは、そのままごくごくとジュースを飲むと、じろりと私の顔を覗き込みふんと鼻を鳴らして、


「いいもん。俺も桜ちゃんと浮気するも~ん」


と今度は連写している桜ちゃんに抱き着きに行った。


あ、あいつ…………。

思わずぎりぎりと歯を噛みしめてしまう。


それを見ていた柊くんが、「妹が男といちゃついているのを見るのは気分が悪いので、控えてください」と通りすがる際に桜ちゃんから秋一くんを引き剝がした。

秋一くんは「柊の過保護ぉ。シスコ~ン」と茶化しながら、ちゃっかり柊くんの隣を歩く。


……ああ。そうか。秋一くんが桜ちゃんに異様に優しかったのは、柊くんの妹だからだ。

柊くんと切っても切り離せない縁の人間。それを陥落してしまえば、柊くんにとって秋一くんは目が離せない存在、そう簡単には切れない存在になる。


冷静に考えれば、なんて複雑な四角関係なのだろう。

高校生ってもっとこう、好き!付き合う!カレカノ!ってノリで恋愛するもんじゃなかったのかな。

……少女漫画で得た知識だから経験なんてないけど、と普通の恋愛が何なのか分からなくなりながらも、先行する柊くんたちの後ろを付いていった。