秋一くんの気紛れがもう嫌になる。


「……やだ。秋一くんと行きたい」


私も少しは秋一くんを困らせてやろうと思って、謎の反抗をしてしまった。

柊くんの肩に手を回した秋一くんと、私を見下ろす柊くんと、身を守るようにずっと箒を握っている私との間で長い沈黙が走る。


折れてたまるか。我が儘を言う子供のようにムスッと黙っていると、きょとんとしていた秋一くんが時間差で弾けるように笑った。


「カワイーこと言うじゃん」


クックッと後を引いたみたいに笑い続ける秋一くんを見て、ああクソ、困らせたかったのに面白がらせてしまったと後悔した。


「じゃあもう四人で回っちゃおっかぁ~。それなら桜ちゃんを一人にしないしぃ、俺のこと心配な柊も安心だしぃ、あやめちゃんは俺と回れるしぃ、万事解決でしょ」


……カオス……!!


そのメンツで同じ場所にいることを想像しただけでダラダラ汗が流れてくる。


どこが万事解決なのか。全ての物事が終息することを表す表現だぞ。分かっているのか。


ややこしいことを言った自分が悪いことは分かっているけれど、こんな提案をされるとは予想外だった。


「い、いや、それは、」
「いいんじゃないですか?」


秋一くんに抗議しようとして、無情にも遮られてびくっと体が震えた。隣にいる柊くんの声があまりにも冷たい。

おそるおそる見上げると、柊くんが射るような視線をこちらに向けている。


なななな何怒ってるの。どこに怒りのポイントがあったの。もう何も分からない……。


「高坂さんがそんなに弐川くんと回りたいなら」


嫌味っぽく片側の口角だけ上げる柊くんの笑い方は、見る者を怯えさせる力を持っていた。


「や、あの、やっぱり、」
「じゃあとりあえずは二人と二人で班分けといて、後で合流しよっかァ。部屋割りメンバーと同じメンツなら同じ紙で出せるし楽っしょ」


私を置いて勝手に話を進めていく二人を、どうしていいか分からないまま凝視する。


え、ほんとにそのメンツで回るの?正気なの?

私桜ちゃんと柊くんが話してるところを見なきゃいけないの?

絶対に傷付く……と予感しながらふと秋一くんの方を見ると、ばちりと目が合った。


――妖しく笑っている。

そういえばこの男、私の怒りや苦しみや焦りは大好物なのだった。

わざとじゃん……悪魔め。そっちは楽しいかもしれないけどこっちは地獄だよ。




「ちょっと秋一!ちゃんと掃除してよ!」


同じ掃除班の女子が、箒すら持っていない秋一くんに向かって注意したことで場の緊張が解ける。


「はいはぁい」


柊くんと二人になるのは気まずいから、掃除用具入れに箒を取りに行く秋一くんに慌てて付いていった。


ちらりと盗み見るように柊くんを振り返ると、――少し悲しそうな目をしている、ように見えた。

しかしそれも一瞬のことで、柊くんは用は終わったとばかりに戻っていく。


……何で……?

柊くんのあんな表情見たらもやもやする。


柊くんと接触するだけでこんなに感情が忙しくなるの……もう疲れたな。

柊くんを避け始めて関わりを絶っていたここ最近の方が、まだメンタルが安定していた。


息が苦しい。

色んなことが立て続けに起こって、耐えられる範疇を超えたのかもしれない。



私今、人生で初めて 柊 司 という存在を自分の日常から遮断したいと感じている。




「だいじょーぶぅ?あやめちゃん」


上から声がして、ハッと顔を上げた。

まるで深くて暗い川の中から引きずり上げられた気分だった。


箒を手に取った秋一くんが、付いてきた私を見下ろしていた。


「しんどい?」
「べつに」
「そっか。後でいっぱいギューしてあげるねぇ?」
「……うん」


秋一くんの男の子らしい骨ばった手が私の頭に乗せられ、撫でるように落ちていく。

甘ったるい毒みたいな匂いがふわりと香る。

この匂いは出会った頃から変わらないはずなのに、私の感じ方が以前よりずっと変わったのを、自覚せざるを得ないところまで来ている。



「柊の前で、泣くの我慢して偉かったねぇ」



こちらを傷付けてくるくせに、弱った時は優しくしてくる秋一くんは、


甘くて中毒性のある麻薬みたいだった。