目を覚ます頃、窓の外が暗くなっていた。

いつの間にか教室の電気が付いている。

抱かれて果てたのは覚えている。今日は七限が体育だったこともあり、疲れて眠ってしまっていたらしい。


目だけを動かすと、スマホを弄っている秋一くんの背中が見えた。

聞いたことのある歌を口ずさんでいる。なんだっけ、と曲名を頭から引っ張り出す。


「失楽園でしょ。女王蜂の」


言いながら上体を起こすと、秋一くんが歌うのをやめてこちらを向き、ゆるりと笑った。


「へぇ。知ってんだぁ」


顔を動かすと、桜ちゃんも寝ころんでいた。秋一くんのものらしいジャージが上に被さっている。

私には何も掛けなかったくせに桜ちゃんには掛けるあたり、優先順位が知れる。


「……桜ちゃんは何で倒れてんの」
「生意気だから抱き潰しちゃった。俺桜ちゃんが起きるまでここにいるから、先帰っていーよぉ」


スマホに視線を戻し、ひらひらと手を振ってくる秋一くん。

何か言おうとして、言うこともないなと思って口を閉ざした。


鞄に必要な教科書だけしまって歩き出す。

去り際に秋一くんが「あ。」と思い出したように言った。


「柊とヤったらしいねぇ」


思わずドアに頭をぶつけた。痛みに頭を押さえながら蹲る。

その様子を見ていた秋一くんがケラケラと声を出して笑う。


「おめでと~。進展じゃなぁい?」
「……思ってないくせに」
「思ってねーよ。むしろ停頓だろうねぇ」


私を見下ろす冷たい目から、本当に私のことが嫌いなことが伝わってきた。


「……残念だったね。秋一くんはヤれないけど、私は柊くんとヤったんだもんね」


それに何だかカチンと来て、売り言葉に買い言葉をしてしまった。

口にした後で物凄く虚しくなった。

セックスできたから何なんだろう。
そんなものはただの交尾に過ぎないのだ。
それを私はよく知っている。


「え〜?俺柊とヤったことあるけどなァ」


――――は?

立ち上がったところなのに、足から崩れ落ちそうなくらいのショックを受けた。


「ほんっとなんも知らないんだねぇあやめちゃん。自分だけが特別だと思っちゃったァ?おバカさん」


……そういえばこの男は、柊くんがセックスがうまいことを知っていた。

あの時点で、あの夏休みの最後の言葉で、気付くべきだった。

吐きそうなくらい目眩がした。

何も返せずにいる私に、秋一くんが畳みかけるように質問をしてくる。


「素朴な疑問なんだけどぉ、あやめちゃんって柊とどうなりたいの?」


“どうなりたい”? どうなりたいって何? そんなの分かり切ったことじゃないの?
私は柊くんが好きで、近付きたいと思ってる。


「……傍に……いたい、」
「ふぅん」
「こ、こいびとに、なりたい」
「何で?セフレじゃダメなのぉ?」
「だめ、だって、」


――――それじゃオジサンたちが私に与えてくれる価値と変わらない。


自分の涙声が、掠れている。






しばらく意味ありげにじっと見つめてきていた秋一くんは、興味をなくしたように私から視線を外した。


「ま、あやめちゃんはそれでいいんじゃなぁい?ずぅっと、そのままで」



秋一くんが私に絡んできたのはそれきりだった。


次の日から彼は、いつもと同じように女の子のグループの中で楽しそうにしていた。

私とすれ違っても素通り。

しつこく話しかけてきていたあの頃とは大違いだ。彼の中で私のブームが去ったのだろう。

飽きられた――こんなに分かりやすく。


元々秋一くんとは夏休みから話していないのだから状況は変わらないはずなのに、今更またクラスで独りぼっちになった心地がした。




“それ”を見たのは、そんなある日の昼下がり。



柊くんとセックスしたあの日から、三週間目の午後だった。



最寄りのバス停を降りて、自宅までの道のりを歩いていると見慣れたツインテールが見えて、

どうして私の家の近くにいるんだろう?

と不思議に思った。


そういえばここ数日、桜ちゃんは私と帰っていない。バイトでもしているんだろう。


声を掛けようとして止まった。

なぜなら隣にいるのも見慣れた背中だったから。


――何で?

情報処理が追いつかない。

視界がぐらぐら揺れて、心臓に痛みが冷たく刺さる。