「あやめ先輩、最近やけに機嫌よくないですか?」


大型ショッピングモール内にあるプチプラレディースファッションのお店で鼻歌を歌いながら秋服を選んでいると、一緒に来ている桜ちゃんが不審がるような目でこちらを見てきた。

今日も桜ちゃんとショッピングだ。最近毎日桜ちゃんと会っている気がする。


「えっ……そ、そうかなあ!?」


えへへと笑うその笑い方がキモいことは自分でも分かった。

柊くんとえっちができた嬉しさで、最近傍から見ても分かるくらい常にルンルンしていることは自覚済みだが、抑えることができない。


抱かれたのはあの一度きりで、すぐいつもの素っ気ない柊くんに戻ってしまったけれど、あれから二週間経った今でも私の体は潤っている。

私から柊くんへの連絡頻度はいつもの二倍になったけど、柊くんからの返信頻度はいつもの二分の一になった。見事な反比例だ。私のウザさが増して柊くんを困らせていることくらい容易に想像できるがやめられない。


「まあ、別にいいですけど。あ、あやめ先輩これとか似合いそうですよね」


桜ちゃんが手に取ったのは、短丈で薄手の可愛い花柄ブラウス。


「え~?そういうのは桜ちゃんの方が似合うよ」
「まあ、確かにどちらかと言えばこれは私の方が似合いますけど。」
「否定しないんかい……」
「だってあやめ先輩イエベだけど、私ブルべだし。あ、こっちにアイボリー色あるんで、色違いで買ってペアルックしませんか?」


桜ちゃんがキラキラした目でこちらを見てくるので、私は「いいよー!」と元気よく答えた。

桜ちゃんはペア物が好き。この間雑貨屋さんで買った安めのネックレスも桜ちゃんとお揃いだ。


二人で試着して、サイズ感が合うことを確認してから購入した。

この買い物でポイントカードが溜まって、二千円分無料券をもらった。


最近いいこと尽くしだ。毎日が楽しい。

柊くんと進展できただけでこんなにも毎日が輝くなんて――。







「――――アヤちゃん?」


ショッピングモールに流れる軽快な音楽の中、そのざらついた声だけが妙に浮いて聞こえた。

桜ちゃんと二人でファッションショップから出た時だった。


「やっぱり、アヤちゃんだ。本名はあやめって言うんだね」


ひやりと体が冷えていくような心地がした。

きちんと約束をして会う時よりは数段ラフな格好をした、援助交際の相手の一人。

長くお付き合いをしてくださっている方だ。


レディースファッションのお店に中年の男性が来ると目立つ。外から私たちを観察していたのだろう。

……出てくるのを待ってたのか。


「……こんにちは」


別にどうなるということはないのだけど、本名を知られた焦りで視界がぐらぐら揺れた。
どうしよう、私今制服だ。学校が割れる。――いや、落ち着け。フルネームを知られたわけじゃない。

それにこの人も……変なことするような人じゃないし。基本は良い人のはず……。


「最近連絡もしてくれないじゃないか。どういうこと?」
「が、学校が忙しくて」
「でも、僕電話もしたんだよ。電話に気付かないってことある?」
「すみません……」
「週に一回は会うって約束だったよね?」


思いのほか責められて、ぎゅっと服の入っている袋を握り締めて耐えた。

柊くんとあの海岸へ行った日から、私は柊くん以外見えてなかった。

他の人からのLINEなんて無意識のうちに無視してて、それでいいと思ってた。


「今は若くて可愛いから許されるかもしれないけど、連絡を怠るようじゃ社会人になったらやっていけないよ」
「……すみません」
「もう終わりってことでいい?」
「え?」
「この関係を」


思わず彼を見上げた。中学生の頃から続いている人だ。

終わりという宣告をされたことが、じくりと私の心臓を蝕む。私……この人にとって価値がなくなったんだ。

発狂しそうなくらい動揺したその時、


ひゅっと風を切るような音がした。

私の目の前をマイメロのストラップの付いた制定鞄が過ぎる。


――――次の瞬間その鞄は、オジサンの顔面にぶつかっていた。


「キモいんだよオッサン!死ねハゲ!!」


この可愛らしい小顔の女子の、小さな口から発されたとは思えない暴言。


桜ちゃんはそのまま私の腕を掴んだかと思うと、私を引っ張って人と人との間を駆け足で通り過ぎる。

桜ちゃんは怒っているようで、駅までの道のりで一度も会話してくれなかった。



駅に着くまで雨が降っていた。

傘を持っておらず濡れたこともあり、駅に着いてから桜ちゃんに「私の家寄ろっか。タオル貸すよ」と提案した。


私の家の方が多分近い。ここからだと一駅分くらいだ。


桜ちゃんは口では何も答えなかったけれど、こくんと小さく頷いた。