「僕の初恋の人の話をしましょうか」




――柊くんの声で現実に引き戻された。

シャワーの水がバスルームの床に叩き付けられる音を、現実感のないまま聞いているのは紛れもなく自分だった。





「その女性(ひと)は大抵星の見えない公園で、ブランコを漕ぎながらぼうっと空を眺めているんです」


あの海岸から看板の見えた、宿泊客の少なそうなビジネスホテルの一室。

一人一部屋として明日のバス代を考慮すると、私の持つ現金が足りなかった。
柊くんに借りることくらいできたけど、わざとそうしなかった。


「彼女は僕のことを絶対に見なくて、誰よりも僕の能力に目を向けていて、僕自身よりも僕の存在の価値を見ていた。そんなことは分かっていて、彼女が本当の意味で僕に恋しているわけではないことを理解したうえで、僕はその公園にいる彼女に会いに行くんです」


羞恥で絶対に柊くんの方を向けない私の背に裸のまま密着している柊くんは、海水で冷えた私の体を温めてくれている。


「二人で話をして、五分歩いた先にあるコンビニに寄って肉まんを買って帰る冬が僕にとって何より尊い夜だった」


ああこれ私の話だ、と遅れて理解した。

小学校高学年の頃の夜、私が最も不安定だったあの頃、柊くんは家に居場所を失った私が呼び出すとすぐに来てくれて、私の手を引いてコンビニに連れて行ってくれた。

柊くんに送ってもらいながら見る月、あの夜は、私にとっては苦しさの中に光を見出すような夜だった。




「彼女はきっと僕が何をしても受け入れる。けれど本当の意味で“僕”を見ることは永遠にない、残酷で最低なクソ女です。――ねえ?」


顔を掴まれて無理矢理柊くんの方を向かされた。



「貴女を歪ませたのは僕かもしれませんが、僕を歪ませたのも貴女ですよ」



反論する前に唇を強引に唇で塞がれて、喜びに打ち震えながら濡れた背中に腕を回した。

柊くんの温もりも呼吸も脈拍も、五感ですべて余すことなく感じ取りたいのに、シャワーの音がうるさかった。








そのままバスルームで全身にキスをされてセックスをした。



人生の絶頂に達した心地さえした。


私はとても、浮かれていたのだ。








彼が私のことを初恋の人とは言ったが
今好きな人だとは言わなかったこと、

この三週間後思い出すことになる。