「……え、……え?」
「相手は中学二年生の時の家庭教師です。恋人ではありませんでした」


――家庭教師。

なるほど、勉強一筋で女の影がない柊くんが男女関係を持つなら、それしかない。


妙な納得と共に、嫉妬の炎がメラメラ燃え上がる。


「ふ、ふう~~~ん…………私も家庭教師だったらよかったなあ……」
「貴女には無理でしょう。馬鹿ですし」


バッサリ切り捨てられ、そりゃ私じゃ柊くんに勉強を教えるのは無理だろうけどぉ……とごもる。


「……その人のこと好きだった?」
「いいえ?向こうがたまたま性に積極的な女性であっただけです。あちらも僕が好きだったわけではないでしょう」


何それ……そんな人に柊くんの初めてが奪われたなんて納得できない。


「じゃあ私は、柊くんの初めての“彼女”になれるように頑張るね」
「はあ。何を期待しているんだか知りませんが、どう足掻いても僕の初めての彼女にはなれないですよ」
「可能性はゼロじゃない!」
「ゼロですよ。一応、交際経験はあるので」
「はあああああああ!?」


バカでかい声で絶叫してしまった。


「なんて。嘘です」


大きく口を開けたまま固まる私に、くすり、と可笑しそうに笑う柊くん。





「最初に言った通り、交際をしたことはありません。……ところで」


私と話しているくせに正面ばかり向いていた柊くんが、ゆっくりとこちらに顔を向ける。


「この後暇ですか?」


柊くんから私に質問してくるなんてなかなかないから、どきりと胸が高鳴った。


「今日は早く家に帰らないといけない、かも」
「へえ。珍しいですね」
「お母さんの彼氏が来るんだ」


お母さんは、今回の彼氏にこそ私を気に入ってもらおうと必死だ。挨拶しないと怒る。




『このバスは221系統 ――行きです』


私たちの会話を遮るようにバスが来た。

よく知らない地名をアナウンスするこれは、私たちの家の最寄りバス停に止まるバスではない。私たちのバスが来るのは、この次だろう。


「そうですか」


興味なさげに相槌を打つ柊くんの隣で、もしかしたら私に何か用事があったのかなと期待して待つが、それ以上何の言葉もなかった。




バスのドアが開く。


不意に柊くんの手が私の手を握った。


柊くんがそのまま歩き出すから、私もそれに引っ張られる。


――――いつも乗らないそのバスに、行き先も見ずに飛び乗った。



『発車します。つり革、手すりにおつかまりください』