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夏休みも後半になると、弐川くんが私を呼び出す回数が増えた。
前まで週に数回、昼から呼び出してきて二時なんていう一番暑い時間帯に帰らされていたのに、最近は平日のほとんど、朝から夕方まで弐川くんの家にいる。

と言ってもずっと一緒なわけではなく、弐川くんは私が家にいる間も他の色んな人と電話をしたり、ふらっと遊びに出掛けたりする。
そのまま夕方まで帰ってこないこともあるから、私は一応【そろそろ帰るね】と連絡してから弐川くんの家を離れる。


「……もしもし。ごめん、気付いてなかった」


私も弐川くんの家にいる間何もしてないわけではなくて、他の人――桜ちゃんと電話をすることが増えた。


あの日から、桜ちゃんがやけに連絡してくるようになったのだ。
【電話しよ】【今から会お】【何で無視するの】【待ってるんだけど】【今から行く】――LINEの文面ではいつもタメ口。

一応私の方が先輩だぞ?と思いながら、頻繫にかかってくる愚痴電話に付き合ったり、突発的に会う約束をしたりする。


私の夏休みの日々が、弐川くんとのセックス、桜ちゃんとの連絡の繰り返しになっていた。



一通り話が終わってから電話を切り、弐川くんの家のリビングで冷たい麦茶を飲みながら、ローテーブルに宿題のプリントを広げる。


「桜ちゃんと仲良いねェ。あやめちゃんについに友達できたみたいでよかったぁ」


ソファに腰かけている弐川くんが、スマホをいじりながら嫌味か?と思うようなことを言ってきた。


「友達……かなぁ」
「何で疑問形なわけぇ?」
「桜ちゃん、デレる時はすごいデレるんだけど、いつも好意的なわけじゃなくてたまに敵意剝き出しな時があるんだよね」
「あー。あいつ感情に波あるから、俺よりあやめちゃんの方が好きって時と、あやめちゃんより俺の方が好きって時があるんでしょ。」


確かに、そう言われるとしっくりくる。
桜ちゃんは私と弐川くんがここまで一緒にいることは知らないにせよ、私たち二人がたまに会っているという程度の認識はしていて、『今弐川くんといるんですか?』と聞かれて肯定すると適当な理由を付けて私を呼び出してくる。呼び出された先で待っているのはやたら攻撃的な桜ちゃんか、甘えたな桜ちゃんの二パターン。甘えたな時は楽だが攻撃的な時は少しばかりしんどい。

弐川くんにもこういうことはよくあるらしく、桜ちゃんは弐川くんが他の女といることを女のInstagramのストーリーで察するとわざと夜遅くにも関わらず一人で家を出て、【今外に居るから迎えに来て】だのと連絡をしてくるらしい。


「すぐ色んな人間に懐くから、嫉妬の対象が多くて大変そうだよねぇ。……まさかあやめちゃんが桜ちゃんを懐柔するとは思わなかったけど。あやめちゃんって意外とずる賢い?」
「……ずる賢い?何で?」
「ん?……あー、マジで知らないんだァ。何も考えてねーくせに“持ってる”よねぇ」


含みを持たせた言い方をされ、宿題をする手を止めて見上げる。


しかし弐川くんはその発言の意味を答える気はないようで、

「つーかあやめちゃん、俺ずっと思ってたんだけど」

と話題を変えてきた。


「桜ちゃんの前では俺のこと名前呼びだよねぇ」
「弐川くんって呼んだら桜ちゃんが嫌がるから。呼び方被るの嫌らしくて」
「俺の前でも呼んでくれていーのに」


戯れにそんなことを言うから黙ってしまった。呼び方なんて何でもいいだろうに。


「呼んで?しゅーいちくんって」
「……秋一くん」
「んふ、もっと呼んでいいよぉ。あやめちゃんはトクベツ」


この口先だけの特別に何人の人間が騙されたんだろう。
クラスメイトの女子だってみんな、たくさん秋一秋一と呼んでいるだろう。

秋一くんが私に近付くと、甘い毒みたいな匂いがする。けれど以前より異質さを感じないのは、私もこの香りに染まってきているからだろうか。


からん、と麦茶の中の氷が音を立てて動いた。


「眠くなってきたぁ、あやめちゃん。一緒に寝よ」
「私宿題あるんだけど」
「いいじゃん、後で」


夏休み期間中、宿題をやっている気配が一向に見られない秋一くんが、床に座っていた私をソファに引きずり上げる。

秋一くんは人と一緒にお昼寝するのが好きらしい。私といる時はいつも私を抱き締めて眠る。
おかげで生活リズムが崩れてしまっているが、夏休みなんて秋一くんがいなくたってそんなものだっただろう。


ペンを置いて、秋一くんの腕の中で目を瞑る。


この日々を多少心地良いと思い始めている自分に、この状況への慣れを感じた。