――セミが鳴き始めた。これ以上暑くなるなんて考えたくもない。


期末テストが近付く七月上旬、この時期になると柊くんは構ってくれなくなる。

だから私はやることがなくなって、真面目に勉強をすることで寂しさを癒す。

……というか、キスの件があってから、恥ずかしくて以前より積極的になれなくなってしまった。あんな雑にやられたキスでも、私にとっては“好きな人からのキス”だ。嬉しくて仕方がないし、それなりに照れる。


「あやめちゃん」


そう、放課後は遅くまで残って一心不乱に机に向かい、今日できることを終わらせる。


「あ〜やめちゃ〜〜ん」


そうしないと私は家でだらけてしまうから。


「あ〜〜やめちゃ〜〜ん」
「……うるさい」


集中力の切れた私は、数Ⅱの問題集を勢いよく閉じて弐川くんを睨んだ。

勉強が苦手な私が折角やる気になっているのに邪魔をしないでほしいものだ。


「弐川くんも勉強しなよ」
「やーだ♡」


さすがにこの時間帯になるとうちのクラスで残っている人はいない。
いつもは他の女性陣とイチャイチャしているくせに、構ってくれる女の子がいなくなるとすぐ私のところへ来る。まるでネコみたいだ。


「部活は?」
「テスト期間中はねぇもん」


――ピロリン。机の上に置いてあった私のスマホが鳴った。
取ろうかどうか逡巡した後、結局手に取って開く私。そんな私を、弐川くんは感情の読めない瞳でじっと見ている。


「柊ぃ~?」
「……違うよ」


本当に違う。テスト期間のこの時期に、柊くんが私にLINEを返してくれるはずがない。

通知の内容を見た私は、黙ってスマホを鞄のポケットに入れた。


「パスワード教えてよ」
「何で弐川くんに……」
「じゃあ、俺の指紋登録して?」
「普通に嫌」


意味の分からないことを言う弐川くんをあしらいながら、問題集を鞄に突っ込んで立ち上がる。


「俺、好きな子全員に指紋登録してもらってるのになぁ」
「何人いるの、その好きな子」


じろりと睨めば、弐川くんは可笑しそうにくすくす笑って言った。




「スマホの中身って、その人の全てが詰まってて好きよ、俺」