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翌日、五時間目の体育は体力テストだった。他クラスがテストしている間は暇なので、灯花と木陰で休むことにした。


「“祓い屋協会”ねぇ……。検索しても出てこないけど。騙されてんじゃない?」


灯花に昨日あったことを話したが灯花は半信半疑なようだ。


「でも本当いい人だったんだよ。あんなかっこいい人が詐欺師なわけないよ」
「あんたは人を信じすぎよ。言っとくけど、あんたに視えてる幽霊なんかより現実の人間の方がよっぽど怖いんだからね? 気を付けなさい」


ごもっともな意見だ。

昨日は神社の神聖な雰囲気と翠波さんのイケメンさとテケテケの恐ろしさに圧倒されて深く考えられなかったが、落ち着いて考えれば騙されている可能性もある。


「分かったよ。もうちょっと様子見てみて、怪しそうだったらすぐやめる。翠波さんをデートに誘った後で」
「デートには誘うんかい」
「灯花のバイト先見に行くっていうのを口実に翠波さんも誘っちゃおっかなと思って」
「人のバイト先でいちゃこらしようとすんじゃないわよ」


昨日から私の頭の中は翠波さんで一杯だ。

イケメンなのもそうだが、祓うことができなかった私へのフォローが完璧すぎて……。ちゃんと祓えるようになったところを見せたら今度は優しく甘い言葉で褒めてくれたりして……デュフフ。妄想が止まらない。


ふと、グラウンドの中心でイノシシの幽霊が今日も元気に走り回っているのに気付く。

イノシシは時折体力テスト中の生徒にぶつかっては転けさせていた。


「……私、イノシシ祓ってこようかな。前より凶暴になってる気がする。今祓った方がいいかも」
「できんの?」
「分かんない。でも昨日の帰り道ではできたから、もしかしたら祓えるかも……」


昨日電灯の所にいた女の人みたいに軽く殴れば祓えるはずだ。練習にはちょうどいい。


テスト中の生徒に混ざるように近付き、イノシシの進行方向に立つ。

皆に見えるところで不審な動きをしていたら変な人になってしまい私の高校生活が終わるので、動きの大きい準備体操をしているふりをして腕を振り回してイノシシを待機した。


「ぐはぁッ!!」


――が、しかし。確かに当たったはずの私のパンチを物ともせず、イノシシは勢いよく私に体当たりして私をふっ飛ばした。

四メートルくらい飛ばされた。空を飛ぶとはこういうことなのかもしれない。

近くにいた体育の担当教員が目を丸くしてこちらを見ている。


「あいつ……なんてことを……」


高校入学と同時に購入したまだ新しい体操着が土まみれになった。膝の擦り傷に混じっている砂を払いながら立ち上がる。

私に興味を失ったかのように逆方向に向かって走るイノシシを後ろから追いかけた。

許すまじ、絶対に祓ってやる。


強い意志を持って追いかけるが速すぎて一向に追いつかない。かと思えば、イノシシはくるりと方向を変えて今度は私に向かて勢いよく直線に走ってくる。


「うわあああああ! 無理ぃぃぃぃぃ!!」


さっきぶつかった恐怖が蘇ってきて思わず走って逆方向に逃げてしまった。

人間このようなピンチになると潜在能力を発揮するのか、めちゃめちゃ足が速くなっている気がする。


「神楽里速っ!」
「何あいつ? 長距離走の自主練でもしてんの?」
「発声までして自分を鼓舞するとかやる気満々だな」


私はお前らのために脅威を排除しようとしてんだよぉ!!

と近くで私を見ているクラスの男子たちに文句を言いたい気持ちになった。


イノシシは私をターゲットにしたのか、いつまでも追ってくる。私の体力ももう限界だ。自分の目が血走っている気がする。

と、そこへ、余裕そうにふよふよと宙を飛んで付いてくる生き物がいることに気付いた。


『……おもしれー女』
「面白くねーよ! こっちは必死じゃい!」


陽光だ。

私が必死に逃げているというのにクックッと楽しそうに付いてくるのだからタチが悪い。


「あんた何とかできないの!?」
『自分で祓うのは諦めたのか?』


ニヤニヤしている陽光を睨み付けた。


“諦めた”と言われるのは何だか嫌だ。

もう一度……もう一度だけ、試してみよう。これで駄目なら私の力ではもう駄目だ。


私は勢いよく振り返り、こちらに走ってくるイノシシに向かって全力パンチをお見舞いする。