その後大急ぎで家へ帰った私は、ギャーギャーうるさい下の弟の横で急いでコロッケと昨日の残りの炒め物を温め直して冷蔵庫からサラダを取り出し盛り付け、保温されたご飯もテーブルの上に出した。反抗期の方の弟も食事の時間だけは部屋から出てきてくれるので、三人でご飯を食べた。


「姉ちゃん姉ちゃん! 今俺のクラスの男子の間でカンチョーコンテストやってんだよ! 俺カンチョーうまいからさ、明日こそ優勝すんじゃねーかなって!」
「うんうん、食事中に下品な話はやめようねー。お姉ちゃんそのコンテスト何を基準に審査されるのか気になるなあ」


三人……というか、正確には三人と一匹だ。

これまでただの小さな光として見えていたご眷属とやらが、今はしっかり狐の姿で椅子に座っているのだから違和感がある。

こいつは何か食べなくてもいいのだろうか……これまで何も与えなくてもずっと付いてきたんだから食事は必要ないのだろうけど。


ていうか……あれ……? こいつ、確かお風呂の時も寝る時も着替えの時もそばをふよふよしてたような……。


――その事実に気付いた私は、大急ぎでご飯を口にかきこみ、早々に部屋に戻った上の弟の分の食器も洗った後自分の部屋に駆け込んだ。


「眷属!」
『あ? 俺のことか?』
「あんた俺って言ってるってことは男だよね…………?」


というか声的にも男だ。


『それが何だよ』
「私の裸見たってこと!?」
『俺はあのババアにお前のことを頼まれた。常にそばにいて何が悪い』


妙にイケメンボイスなのが腹が立つ。


『お前みてぇなガキの裸にどうも思わねーよ。ばーか』


なんて失礼な野郎だ!

摘みだしてやろうと首根っこを掴んでベランダに放り出してみたが、眷属は瞬間移動してまた部屋の中に入ってきた。

駄目だ……どうやら私はこの口の悪い狐とずっと一緒に居なければならないらしい。

おばあちゃんが私に遺してくれたのだと思うと無下にもできない。

喋る狐と生活を共にするのにはまだ少し抵抗があるけれど、うまく付き合っていくしかないのだ。私が気付いていなかっただけで、元からずっと私の傍にはいたようだし。


ひとまず勉強机の椅子に腰掛け、床に寝転がって寛いでいる眷属に聞いた。


「眷属、私あんたのことなんて呼べばいいの?」
『名前はねぇよ。俺たち御使いは使命を全うして神の世に帰るまで名を与えられることはない』
「何それ不便。私が付けてあげよっか?」


眷属が少し驚いたように目を見開いた。そして、何故か笑い始める。


『お前ら人間は何にでも名前を付けたがる』
「そりゃ、あった方が呼びやすいでしょうよ」
『――……陽光《ようこう》。陽光でいい。お前のババアは俺をそう呼んでた』
「あるじゃん。名前」
『人間に付けられた名前を正式な名前とは言わねぇよ』


おばあちゃん、この眷属に名前付けるほど仲良かったんだ。

視えてるなら私に教えてくれてもよかったのにな、と思った。もっとも私はおばあちゃんが死ぬまで何も視えてなかったから、その時言われても信じられなかった気がするけど。


「ねえねえ陽光、翠波さんって彼女いるのかなあ?」
『はぁ?』


学校の宿題を開きながらノリノリで聞くと、陽光は呆れたような声を出した。


「あの神社の神様のご眷属でしょ? 翠波さんのこと分かったりしないの?」
『聞いてどうするんだよ』
「だって気になるでしょあんなイケメン。あんな優しくてカッコいい男の人初めて会ったよ。あの人も祓い屋なんだよね? お互い祓い屋やってるうちにあわよくば恋に発展……とかしないかなって」


照れつつも陽光に妄想を語る。

私だってもう高校生。ちょっと背伸びした恋に憧れるわけである。

周りでも恋愛の話は度々出てきていて何組のあの子とあいつが付き合っただなんて話も最近はよく聞くのだ。

恋愛、それは青春の代表格。私がエンジョイしていることを知れば、お母さんだって安心するだろう。


『あのババアの孫がこんな色恋バカだとは思わなかった』


陽光が大きな溜め息を吐いた。


『翠波は腹黒女誑しだぞ?』
「何言ってんの。あんないい人が腹黒女誑しなわけないじゃん」
『不浄は視えるくせに人を見る目がねぇな』


陽光はそう言って布団の中に入り込んでしまい、それ以上何を聞いても答えてくれなかった。


(……そういえば、翠波さんは何で私が塾に通ってることを知ってたんだろう?)


お茶飲んでる時に喋っちゃってたかな、とふと疑問を覚えたが、考えているうちに下の弟が「姉ちゃんタオルないー!!」と部屋のドアをドンドン叩いてきたので思考を中断することになった。