「……祓い屋……?」


きっと今私は神妙な面持ちをしているだろう。


「さっき、道路で女性の幽霊と喋っていたでしょう?」


喋っていたとかそんなほのぼのした感じでもないのだが、ひとまず頷く。


「この世には、視える者と視えない者がいる。それは君も分かっているよね」
「それは……はい……」
「視える者は多くいるけれど、“祓える”者は数少ない。祓える者は、神社の娘息子や神社の神に気に入られた者の家系にしかいない。お祓いというのは神のお力をお借りするものだからね。――そこで」


翠波さんが人差し指を立てて説明を続ける。


「祓える者たちは徒党を組み、五十年前に祓い屋協会を結成した。祓い屋たちの給料は行政が一部を負担してくれている」
「何その協会……ちょー怪しいんですけど……」
「もちろん集金目的もある。多くの神社は昨今運営が厳しいからね。社殿の修繕や建て替え、木々の伐採、石畳や手水、社務所、塀とかの整備をしてたらあっという間に赤字だよ。行政の支援は必要だ。行政としても、祓い屋協会と協力して日本の治安がより良くなれば嬉しいだろうしね」


原因不明の事件や事故は幽霊や呪いなどの穢れが関わっている。特に残酷な事件は、人に取り憑いた霊が行っていることも多い。不浄を祓えば治安がより良くなるというのは納得である。


「さっき祓える者の数は少ないって言ったよね? 君は貴重な人材なんだよ。ぜひ僕たちと一緒に祓い屋をやってほしい」
「……でも、私、お祓いとかやったことないし、神社の家系でもないし……」


私はただ“視える”だけだ。幽霊も視えるけど、祓えるとは思えない。


「やり方は僕がゆっくり教えていくよ。というか、君には既にご眷属が付いているしね。ずっとそばにいるなら、そのお狐さまの力を君も取り込んでいるだろうし、祓うこともそう難しくはないはずだよ」
「眷属ってこの子のことですか? ずっとって言っても拾ったのはついさっきなんですけど」
『俺はずっとお前のそばにいたぞ』


私の腕の中にいる狐が文句を言ってくる。随分と口の悪い眷属だ。


「そのご眷属を君に託したのは君の祖母だよ。神様が君の祖母に与えた眷属だから元々君のための存在じゃない。だから、目が慣れるのに時間がかかったんだろう。この神社に立ち寄ったからそのご眷属の力がより強くなって、ようやく視えるようになったんだろうね」


ふと、おばあちゃんが死んでからずっと私の周りをふよふよしていた白い光のことを思い出す。長年ふよふよしているから最早私にとって背景と化していたあの光。あれがこの狐……?


「私のおばあちゃんを知ってるんですか? だから私の名前も?」
「もちろん。そのお狐さまはこの神社の本殿に祀られている神様のご眷属で、この神社の神様が気に入ったのは君のお祖母様だよ」


――おばあちゃんのために神様が授けた神様の眷属? この狐が?


「ちなみに、君の祖母も祓い屋として活躍していたよ」
「まじですか……」


おばあちゃん、ノコギリで庭の木を切り倒したりしてたからパワフルではあったけど、まさかそんなことしてたなんて。

おばあちゃんもやってたならやろっかなという気持ちになってくる。


「いやでも、幽霊に近づくとか怖いしな……」
「さっき仲睦まじくコロッケの奪い合いしてなかったっけ?」
「あれのどこが仲睦まじく見えたんですか!?」


ツッコミを入れると、翠波さんがくすくすと笑って肩を揺らす。

意外とお茶目な部分もあるのか……と少しどきりとしてしまった。


「とにかく、割の良いバイトだとでも思ってよ。時給換算してもその辺のチェーン店とかよりは給料良いと思うよ?」


――いや確かに、バイトしたいとは思ってたけど!

もっとキラキラしたのを想像してたというか! 血みどろの幽霊と戦うバイトは嫌だよ!




そこでふと、おばあちゃんが常に言っていたことを思い出す。


 ――周りの人を大切にしなさい。この世界に生きている人を大切にしなさい。
 ――あなたは一人で生きているわけではないの。
 ――この世界は人と人との助け合いでできているのよ。