……あれ、続き何だっけ?


唱えていた呪文の続きが分からなくなり、私は焦って目を開いた。

怨霊がうめき声を上げ、私たちに向かって大きな腕を振り上げる。当たったら一溜まりもないだろう。


陽光から手を離し、左手に持っていたのれん棒を両手で持つ。

――イメージしろ。陽光があの時イノシシを祓った光を。



「かーーーーーーつっっっ!!」



迫りくる腕に向かってのれん棒を振り下ろすと、腕が切断され飛んでいった。

怨霊のうめき声が路地に響く。


(通った……!!)


絶対切れないと思ったのに、通ってしまった。

ここで止まってちゃいけない。すかさず構え直し、苦しむ怨霊の方へ走っていく。


「喝っ!!!!」


かつてないほどの大声で叫び、のれん棒で怨霊を全力で殴った。

怨霊の真っ黒な体がぐにゃぐにゃと歪み、空へと向かって溶けて消えていく。


額に汗が伝う。髪の毛もぼさぼさだ。

怨霊が消えきったのを見届けてから、ようやく大きく息を吸い込むことができた。


息を整えながら、後ろに立っている陽光を振り向いた。


「――陽光、やったよ!」


陽光は――――つまらなそうにしていた。白けた顔で私を見つめている。

何その顔!? ここは私と一緒に喜ぶところなんじゃないの!?


「あれを本当に祓ったのかよ……。ちょっと引くわ」
「祓えると思ってなかったってこと……?」
「当たり前だろ。その辺の低級霊とはわけが違う。お前が祓えなくて泣き喚くところが見たかったのに……」


チッと心底残念そうに舌打ちする陽光を見て愕然としてしまう。こいつ、本当に私の眷属か……?


「まぁ、祓えたことは褒めてやる。大したもんだ」


ぽん、と陽光が私の頭に手を置いて撫でてくるので、何だか安心して力が抜けた。


「火の勢いが弱くなったぞ!! 今のうちに消せ!」


路地の外から消防士さんたちの大きな声が聞こえる。私にできるのはここまでだ。後は彼らに任せよう。


陽光に連れられるままその場を離れ、炎が沈下していくビル周辺を眺めた。


「……私がやった事は正しかったのかな。あの店の人たちは助けられたかもしれないけど、火災の本当の原因だった隣のビルの人達は危険に晒した」


私はただ灯花を助けたいという気持ちで一杯だった。危険の発生源がどこかというところまでは頭が回らなかったのだ。


「それでいーんだよ、バカ」


こつんと陽光が拳で私のおでこを軽く叩いてきた。


「お前は精一杯人を助けようとしただろ。世の中は助け合いだ。誰かが誰かにできることをして、助け合いながら世界が回ってる。お前はお前のままでいい。あの勇気を恥じなくていい」


そうだ。私は私にできることをした。怨霊を倒す、視える側である私にギリギリできたこと。炎を消すのは消防車や、それをうまく扱える消防士さん。他の人だって怪我人を手当しようとしたり、助けを呼ぼうとしたり、叫んで避難を誘導したりしていた。


「……うん。そうだね」


相変わらずこの眷属は、おばあちゃんみたいなことを言う。おばあちゃんに言われたこと、翠波さんに言われて正しいか自信がなくなっていたことを、お母さんやこいつは改めて肯定してくれた。