「瑠璃音」


陽光に呼ばれて振り返った。陽光が指差しているビルとビルの間の路地に、おぞましい怨霊――見たこともないくらい大きくて不気味な存在が火の海の中で笑っているのが見えた。

消防車が何台も来ているが、火は一向に収まる気配がない。


火を広げているのは――……あのビルに巣食う、怨霊だ。

初めて見るほどのサイズに足が竦んだ。


「どうだ、祓ってみるか?」
「私が!?」


驚いて陽光を見返す。

イノシシの幽霊すら祓えなかった私に、あんな大きな怪獣みたいなのを祓えと?

無理無理、無理に決まってる。


「自分の力で多くの人を助けることができるって、翠波に証明したいだろ」


陽光が悪巧みするみたいな笑顔でそう言ってきた。

――ああ、そうだ。私の助けたいという気持ちを自己中心的だと言った翠波さんに、こんな私でも少しでも人を助けられるのだと伝えたい。そしてそれは、意義のあることだよって言いたい。


「これ貸してください!」


隣の蕎麦屋さんののれんの棒を奪う。

あんなのに近付くのは怖いけど、棒を持って殴るくらいならできそうだ。


「瑠璃音……そ、そちらは……?」


灯花が陽光を見て戸惑っている。それもそのはず、陽光は着物姿なのだから。

私はのれん棒を持ったまま、振り返って笑って言った。


「私が飼ってるご眷属!」





 ■■■



路地裏にだけは不自然なほど火が回っていなかった。

炎の渦の中心であるこの怨霊がいるからだろう。


怨霊は近付いてくる私の存在にすぐに気付き、目をぎょろりとこちらに向けた。

目だけで私の身長の半分くらいはあるのではないかと思えるほどデカい。ごくりと唾を呑み込んだ。


震える私の手を陽光が握ってくれる。

――温かい。私を安心させる太陽のような温かさだ。

だからおばあちゃんは、この人に“陽光”と名付けたのかもしれない。


目を瞑って深呼吸する。

大丈夫、私ならできる。だっておばあちゃんの孫だもん。

――手の届く範囲の人は、絶対に救うんだ。


「宇迦之御魂神よ、我を清めし者よ。不浄の闇を追い払い、聖なる光をもたらさん。心に宿る汚れを浄め、純潔なる魂とならしめよ。……えっと……神聖なる存在よ……我に力を授け……光……違う、清めの光……を…………」