灯花が働いている駅前のカフェは、商店街を抜けてすぐそこにある。
お洒落なジャズが流れる素敵空間で、店員さんたちの制服も可愛い。まさに私の憧れのバイト先だ。もっとも、実際のバイトとして選ぼうとしている“祓い屋”の活動では練習としてイノシシに突進され吐きそうになっているが……。
私と翠波さんが入店すると、たまたま入り口付近にいた灯花が“あんたほんとに来たの?”という目を向けてきた。
私が笑顔で手を振ると呆れたような顔で小さく手を振り返してくれる。はー、灯花は可愛い。
テーブルに案内してもらい、翠波さんと向かい合って座る。
「んー、何にしようかな」
「ここパンケーキが美味しいって聞きますよ」
「本当? 瑠璃音ちゃんが言うならそうしようかな」
「飲み物とセットもできますよ!」
「じゃあアイスコーヒーで」
ああ、デートって感じ……と酔いしれる。
そして、ふと陽光もいることを思い出した。
「陽光、あんたって人間の食べ物食べれるの?」
そういえばこいつは、昨日も私と弟たちが晩御飯を食べている最中、いつもお母さんが座っている椅子の上で大人しくしているだけだった。
食事はいつもどうしているんだろう。
『眷属は食事を必要としない』
「えーっ。でも、美味しいって感覚はあるんでしょ? 折角なら食べなよ」
『……』
陽光は少し考えるように私を見つめてきた後、私の膝の上に乗ってメニューを覗き込んだ。
『餅はねぇのか?』
「カフェに餅はないよ」
『なら、いらねぇ』
どうやらこの眷属、餅が好物らしい。
もしかして、昔おばあちゃんがやたら餅を買ってきていたのはこいつのためだったのかな。
陽光がいらないと言うので、ひとまずパンケーキのセットを二つ頼んで待つことにした。
陽光には私のパンケーキを一口あげよう。気に入ったらもうちょっと分けてあげればいいし……などと考えていると、ふと、遠くに禍々しい気配を感じた。
反射的に顔を上げる。
お店の端っこで他の客の注文を聞いている灯花の周りに、どす黒い煙のようなものが渦巻いていた。
(今日学校にいた時はあんなのなかったのに……何で?)
周りを見回すと、その煙は灯花の周囲だけでなく、いつの間にか店全体を包んでいる。
嫌というほど見覚えがある――これは、不浄の気配だ。
「君も感じる? この店ヤバそうだね」
焦っていると、正面の翠波さんがゆったりと座ったままそう言った。
私とは違い随分と冷静だ。
「近いうちに何か起こるよ。地震……いや、火事かな?」
そう、これは過去に何かあった場所の不浄の気配じゃない。これから何か起こる気配だ。
これだけ気配が濃いということは、今起こってもおかしくないレベル。
今、あるいは明日、遅くとも一週間以内には、この店によくないことが起こる。
「灯花に伝えなきゃ……!」
私は焦って立ち上がった。
しかし、翠波さんは落ち着いている。
「自己中心的だね」
「……え?」
それどころか、少し冷ややかな目を私に向けてきた。
「不幸だけはいつ誰に起こるか分からないものだよ。平等に誰にでも降りかかる。君は、自分の友達だからというだけの理由でここの店の他の店員、これから来るであろう客は無視して彼女だけを助けるの?」