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「今日は随分絆創膏だらけだね」


放課後、翠波さんの神社に立ち寄ると、翠波さんは私の姿を見て驚いたように言った。

それもそのはず。あの後保健室へ行き、「体力テストでどうしたらこんなことになるの?」と保健室の先生を困らせたレベルである。


「今日体育で転けちゃって……」
『お祓いの練習してたら返り討ちに遭ったんだよな』
「陽光、余計なこと言わなくていいから」


ニヤニヤしながら余計な補足をしてくる陽光を軽く睨んだ。

この狐はあの後あっさり狐の姿に戻り、『はぁ疲れた』などと言って私の頭の上に乗ってきた。人間の姿になるのは久しぶりなので体力を使ったらしい。


「練習してくれたの? 祓い屋について前向きに検討してくれてるみたいで嬉しいよ」


翠波さんの爽やかスマイルを見ると頑張った甲斐があったなと思ってしまう。


「折角来てくれたところ悪いけど……お祓い用の不浄を用意できなくてね。お茶は出すから、今日相手した穢れがどんな感じだったのか教えてよ」


そう言ってカラカラと木でできた戸を開け、草履を脱いで中へ入ろうとする翠波さんを止めた。


「……あの、翠波さん。私の友達が駅前のカフェでバイト始めたんですけど、もしよかったら今度一緒に行きませんか? 一緒に行ってくれる子がいなくて」


今日はこれを最初に言おうと決めていたのだ。お祓いの話が始まってしまったら、話の流れ的に言いづらくなるだろうと思うから。


男の人をデートに誘うのは初めてなので、どきどきしながら返事を待つ。

すると、翠波さんはじっと私を見つめてきた後、にこりと笑った。


「そのカフェって何時まで空いてるの? よかったら今から行く? 駅前なら結構近いよね」
「えっ……いいんですか!?」
「うん。着替えてくるからちょっと待ってて」


そう言って履物を脱いで中へ入っていった翠波さん。私は嬉しさで思わず顔を覆った。


「ヤバい! デートだ!」
『あれは翠波の気まぐれだ。勘違いするなよ』
「今喜んでるんだから水さすようなこと言わないでよ、バカ狐!」


陽光のほっぺを抓って文句を言っているうちに、翠波さんが中から出てきた。


「待っててくれてありがとう。それじゃあ、行こっか」


白いシャツに黒のカーディガン。清潔感がありシンプルな落ち着いたコーデだ。

ずっと男の巫女服姿だったから、私服を着ると身近な“ちょっと年上のお兄さん”に見えてドキドキする。


「は、はい……」


きっと今私の目にはハートができているだろう。



翠波さんの少し後ろを歩きながら、こっそりスマホでお母さんにメッセージを送る。


“ごめんお母さん、今日好きな人とこの後カフェに行くので帰り遅れます。もしもう晩御飯の準備してくれてたらごめんね。明日の朝か昼に食べるので冷蔵しておいてほしいです”


即既読が付いたかと思えば、あらやだ~!と言うおばさんのスタンプが送られてくる。

“絶対後で詳しく報告しなさいよ”と脅しのような言葉も添えられた。


私はずっと恋なんてしてこなかった。

中学の途中で両親が離婚して、急に忙しくなったお母さんの代わりに弟たちの面倒ばかり見ていたから。

お母さんはそこに負い目を感じているようだった。私の青春を奪ってしまったと。

だから、私が恋をし始めたら喜ぶに決まっているのだ。


お母さんのテンションが上がっている様子なのが嬉しくて、思わず頬が緩んだ。