「アル、シルヴァンもう一人の渡り人はどうだった?」
「元の世界へ帰れないとわかってかなり動揺しているようでした。」
「出来れば市井で働き、金を稼いで自立して生きていきたいと。」
「それは、無理だな。こちらが無理に召喚して関係のない者まで連れてきてしまったのだから、もっと他のことであれば、できる限り希望を聞いてやりたいが…な。」
「陛下、そのことですが、本当に一人が救世主で一人がただの渡り人なのでしょうか。」

 レオナールの執務室にある応接用のソファに座り、シルヴァンはレオナールに聞いた。

「どう言う事だ?」
「昔、学院図書で読んだ歴史書には、古代には一度に数名の渡り人が来て、一人が救世主になるのではなく、渡り人が協力し合い大結界を張ったという記述もありましたので。」
「しかし、普通に考えれば一人が救世主で一人が渡り人だろう。そう言う例の方が多いだろう?」

 レオナールはグラスに満たされたワインを一口飲んだ。

「いや、そう言えば…離宮まで送迎した、ジルベールとクロヴィスによれば、我こそ救世主だと言っている、トシコ嬢は救世主らしからぬ言動が多いらしい。」

 レオナールの長兄で第一王子のジルベールと次兄で第二王子のクロヴィスは、王族としては魔力が弱く王位は継承出来なかった。今は爵位を賜り、それぞれ近衛騎士団長と宰相をしている。

「救世主らしい言動など、あるのですか?」

 アランは飲んでいたグラスを口から離し、口を挟む。

「門外不出の王室史書には、全知全能の神は異世界から救世主を選ぶ際にその者の適性を見極め、見込んだ者に魔石を渡すと書かれている。その魔石は他の者が見ても何の変哲もない石にしか見えないが、資格のある者が見ると何かが違うらしいのだ。」

 アランとシルヴァンが軽く頷く。

「人ならざる力を賜るのだ。その力を暴発させてしまったり、利己の為にしか遣わない者には与えられないだろう。その為の仕組みなのだそうだ。リオ嬢と言ったか?彼女は色々な状況を理解する前に気を失ってしまわれたから、明日にでもジルベールとクロヴィスに挨拶へ行ってもらう。」
「もし、お二人がリオ嬢の方に適性がありそうだと判断されたら?」
「まぁ、その時は、その時だ。しかし、もう既にジェラルド伯爵がトシコ嬢懐柔に手をつけているらしいから、救世主がリオ嬢だったらこちらとしてはありがたいがな…。」

 シルヴァンはレオナールの口元に笑みが見えた事に軽いため息をついた。


∴∵


「凄い!リナさんって多才。」

 里桜は髪を乾かす為にリナが起こした微熱風を、リナのブラッシングに邪魔にならないように手に当てて楽しんでいる。

「洗礼を受ければ、リオ様も出来るようになりますよ。熱かったり、強かったりは魔力が強くないと出来ないのですが、微熱風は弱い魔力でも出来る魔術なので、魔力を持つ者は自分で風を起こして乾かしています。」
「ふーん。便利ですね。」
「リオ様の世界ではどうなさっておいでなのですか?」
「魔法は作り話の世界の事で、実際は使えないので、その分科学っていうものが発達しているんです。」
「・・・?」

 リナの綺麗な瞳が里桜を真っ直ぐに見つめる。

「だめか…その科学の力で、髪の毛専用の道具があって、結構な勢いの温かい風が出るんです。」
「そうなんですか。」
「そういえば、凄く良い香りがしますけど…」
「それは、良かったです。ローズマリーにラベンダー、ベルガモットを少々。心が落ち着く様にヘアーオイルに配合しました。お気に召して頂き、良かったです。私、ハーブに詳しいので、心を落ち着けたいとか、元気を出したいとか仰って頂けましたらハーブティーやオイルで対応させて頂きますので、お申し付け下さい。」
「ありがとうございます。」
「いいえ。とんでもない事でございます。」
「ありがとうございます。本当に。こっちへ来てしまって・・本当に心細くて・・・だから・・だから、リナさんの様な方にお世話をして頂けて、本当に良かったです。本当に今日一日ありがとうございました。また、お会いできればうれしいです。」
「…あの…リオ様、私、明日も明後日も、リオ様のお世話させて頂きますよ。今日付で、リオ様専属侍女になりましたので。」
「えっ!?」


∴∵


「全知全能の神が行う救世主の適性検査か…どう思う?シルヴァン。」
「はい。…あながち作り話というわけでもないかもしれません。」
「どう言う事だ?」
「幕僚はご存じないかもしれませんが・・」
「ちょっとまて、シルヴァン。」

 アランがシルヴァンの話の腰を折る。

「頼むから、その言葉遣いやめてくれ。いつものように話してくれないか。」
「ここは王宮内です。どこに耳があるか、わかりませんので。」
「ならば、これでいいか?」

 シルヴァンとアランの周りの空気が少し冷えたような感覚になる。

「魔壁ですか?これこそ、誰かに見咎められたら困ります。」
「これならば、魔壁の外に話し声は漏れないだろう。」
「だからこそ、密談を疑われてしまいます。」
「俺が謀か?」
「…アルが王位を狙うなど…笑えるほどにないな。」
「あぁ。それで、作り話とも言えない根拠は?」
「妹は人心術の類いはもちろん使えないが、昔からどこか感が鋭くて、あいつがリオ嬢の面倒を見ると自ら名乗り出たと聞いたとき、リオ嬢の方が救世主なのだと思ったんだ。まぁ、結果は違かったんだが…。」
「言われてみれば、学院の時、学年全員が淑女だと思っていたハワード家の令嬢の本性初めから見抜いていたのはリナだけだったな。俺に色目を使わなかったのも、リナだけだった。」

 歩きながら話していると、魔壁が解けるのがわかった。次の瞬間、ハワードが傲慢さを隠す様子もなく歩いてきた。

「いやぁ。アラン。お父上はお元気かな?最近お顔を拝見していないが。」
「ハワード侯爵、ご無沙汰しております。」
「アラン、礼は良い。」
「ありがとうございます。父は健在にしております。ただ、今はほぼ隠居暮らしのようなものでございまして、機会がございましたらハワード侯爵へ顔を見せるよう伝えておきます。」
「いや、いや。先王弟にそんな…お元気ならば良いのだよ。機会があればこちらから伺うから。私もそろそろ息子に爵位を譲ろうと思っていてね。此度の救世主様のお世話も自ら名乗り出たようでね。忙しくなるような事を言っていたよ。アランは渡り人の世話に手を取られているようだとルイが言っていたが…君も、平民を重用しているから割を食う仕事を押しつけられるんだよ。古きを粗末にして、尊きものを敬わず、身を弁えないのは人として道理に外れていると、私は思うけれどね。それじゃ、失礼するよ。」

 シルヴァンが跪き、頭を下げているその横を一瞥もせずハワードは歩き去った。ハワードから十分距離を取ったところで、アランはシルヴァンに話しかける。

「シルヴァンすまない。」
「何故、アルが謝る。これが、本来の礼儀だろ。アルが公爵家の嫡子で俺が平民の息子だってことは、変わるわけではないからな。」
「身を弁えないね…早く親父から爵位譲ってもらうかな。そしたら、あのクソオヤジ、跪いて俺に礼を尽くすのか?」

 アランははぁーと長いため息をついて、

「あんなクソオヤジに跪かれたってうれしくともないけどな。」