薄らと意識が戻った中で、寝返りを打った。今日は日曜日だからまだ、寝ていても大丈夫…。抱え込んだ掛け布団は、いつもの肌触りではなく、驚いてパッと目を開いた。目に映ったのは、肌触りの良さそうな布。天井を見上げると、それが天蓋だったことに気がついた。そのまま上半身を起こすと、ベッドが少し軋んだ。

「お目覚めですか?天蓋をお開けしてもよろしいでしょうか?」

 優しく、落ち着いた女性の声が聞こえた。

「…あっ。はい。どうぞ。」

 天蓋を捲り、入ってきたのはブルネットの髪にブラウンの瞳のスラリとした美人だった。

「白湯をお持ちしました。」

 トレイに乗せられたコップが差し出された。それを受け取って一気に半分ほど飲んだ。

「おかわり、お持ちしますか?」

 その言葉に首を振る。女性は静かに一礼して、天蓋から出て行こうとした。

「あの…」

 私の言葉で立ち止まり、振り返った。

「すいません。私どうしたのか、わかりますか?」

 少し驚いたような表情の後、優しく笑った。その笑顔はとても美しかった。

「少しは、存じ上げておりますが、詳しく説明出来る者を呼んで参ります。ですが、その前にお加減がよろしければ、テーブルに移り、軽食をお召し上がり下さい。四時間ほどお眠りになっておいででしたので。もう少ししてから話をお聞きになった方がよろしいかもしれません。」
「…そうですね。そうします。」
「はい。では、天蓋を開けてしまいますね。」

 女性は手早く天蓋をまとめた。すると、だだっ広い部屋の全貌が見えた。

「あちらのテーブルにどうぞ。軽食はサンドウィッチとスープでよろしいでしょうか?」
「食欲はあまりないので、スープだけで。」
「お嫌いなものは?」
「ありません。」
「では、用意して参ります。その間にこちらをどうぞ。」

 女性が差し出してくれたカップからは、優しいハーブの香りがした。

「良い香り。」
「それはよろしゅうございました。では。」

 また、静かに一礼して部屋を出て行った。


∵∴


 宮殿からほど近い、荘厳な造りの離宮。諸外国の来賓たちが使う、格式高い建物に、現王である、レオナール・エレイクロンの紋章が付いた黒い馬車が止まった。馬車の扉が開き、降りると居ずまいに隙のない初老の男性が深く頭を下げた。

「こちらが、本日より住居としてお使い頂く離宮でございます。」

 ゆっくり過ぎず、急ぎすぎないペースで部屋へ案内される。

「こちらが、救世主トシコ様にお使い頂く私室でございます。離宮内は広くなっておりますので、案内は明日させていただきます。本日は、ごゆっくりとお過ごし下さいませ。私は、これにて御前を失礼させていただきます。しばらく致しましたら、侍女を遣わせますので。」

 ゆっくりと、一礼し部屋を出た。

「なーにーこれ!ホント何かの物語の中みたいじゃない?魔法のある世界に転生して、しかも転生者は魔力が強いって言うテンプレ展開。」

 利子は扉という扉を全て開け、中を見て回った。

 ホントにこんな事ってあるの?なに?じゃぁ私、ヒロインじゃん?名前が古くさいとか、一重で目つきが悪いとか、陰キャだとか、散々言われて友達もいなかったけど、転生してヒロインになるための今までだったのかも。
 ふふふっ。やっぱ転生ヒロインって天涯孤独みたいな子が多かったもんね。…私って実はヒロイン属性だったんだ。一緒に召喚された子は何の事だか状況が全くわかってなかったみたいだけど、ゲームでも小説でも、事故で一緒に転生してきちゃうライバルっているもんね。
 そしてライバルは可愛い。目がぱっちりで小柄でまさに‘ヒロイン顔’。それに引き換え私は一重で目つきも悪いって良く言われるし、間違いなく‘悪役顔’。
 ・・・でも、最近は‘悪役ヒロイン’系の話が沢山あるしね。そう言う時の可愛いヒロイン顔ライバルは大抵、野心が強すぎて自滅するんだよねぇ。
 どの話かはわからないけど、結局神様が石を授けたのは私みたいだし・・・彼女かわいそう可愛いのに。転生なんか、しない方が彼女は、幸せだったんじゃない?


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 里桜が目を覚ましたときにいたメイド服姿の女性はリナと名乗り、宮殿の侍女として働いていると簡単に自己紹介をした。

「ごちそうさまでした。」

 里桜が手を合わせてお辞儀をすると、侍女のリナが不思議そうな顔をした。

「これは、私が住んでいたところの挨拶の言葉です。ご飯を食べる前はいただきます。ご飯を食べ終わった後はごちそうさまでしたって言うんです。」
「・・・?」
「あれ?聞き取れませんか?」
「はい。他の言葉は全てわかるのですが…」
「この世界にはない言葉は変換されないみたいですね。」

 リナは微笑んで、頷いた。すると、ノックの音がした。

「多分、説明に来た王宮の方だと思います。お通ししてよろしいですか?」
「はい。お願いします。」

 里桜はその場に立って、部屋に入ってきた人を出迎えた。

「遅くにお時間を頂いて申し訳ありません。私は国軍 統合参謀本部 幕僚アラン・バシュレです。」
「私は、国軍 統合参謀本部 参謀シルヴァン・オリヴィエです。」

 自己紹介を聞いて、里桜は一瞬止まった。自分とそんなに年の開きがなさそうに見えて、肩書きは随分物騒な人たちが来た。まぁでも、エイリアン相手なのだから、仕方がないか。
 ふっと里桜はシルヴァンの顔を見つめている。

「リオ様。参謀のシルヴァンは私の長兄でございます。」
「あぁ。だから何だかお顔に見覚えが。改めて見ても似ていらっしゃいますね。」
「えぇ。うちは四人兄妹ですが、皆顔がそっくりなのです。」
「他のご兄弟も王宮で働かれているんですか?」
「いいえ。他の弟たちは家業を手伝っております。私は卒業してから仕官し、リナはこの度お世話になることになりました。」
「そうなんですか。」
「それでは、本題に入らせて頂きます。」

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「それでは、御髪を乾かさせていただきます。」

 侍女が何かつぶやくと、暖かく心地よい風が髪に吹いた。

「私の髪は癖が強いから真っ直ぐになるよう丁寧に乾かしてちょうだい。」
「かしこまりました。トシコ様ご指定の最高級のローズオイルを付けさせて頂きます。」
「えぇ。お願い。」

 最高級オイルも使えるなんて…この世界で私はお金を稼いだりしなくても、暮らしていけるんだ。この国に救世主として召喚されて庇護されているから…。

「トシコ様いかがでございましょう?」
「えぇ。キレイに乾いているわ。もう寝るだけだから、今日は下がっていいわよ。」
「はい。かしこまりました。明かりはどう致しましょうか。」
「そうね、居間の一つだけ点けて、あとは消していいわ。」
「はい。かしこまりました。」

 侍女のリンデルが、利子から遠い光を順に消していく、ベッドサイドの明かりを消し終えて、小さな声で挨拶をして、寝室から出て行った。
 人に傅かれるってホントに良い気分。ここにいれば何にもしなくても、最高級の生活が保障されているんだもん。私、絶対日本には帰らない。