「リオ様、この先は神殿の神官が案内させて頂きます。私はこの、控えの部屋でお待ちしておりますので。」

 洗礼のための装飾のない白いコットンのワンピースに着替え、神官の迎えを待っていると、控えめなノックの音が聞こえた。
 リナ曰く、巷の洗礼は儀式張った事は何一つなく、あっけなく終わってしまうらしいが、渡り人の洗礼式は王族のものと同じように行うので、厳たるしきたりがあるらしい。因みに、貴族は王族と平民の間、決まり事がいくつかある程度らしい。
 控えの間から泉までの道のりは、神官が里桜の姿を外に見られぬように、白い布で囲んで移動をする。ゆっくりとしたペースで二分ほど歩くと、どこかの部屋に入った気配がした。すると、里桜の周りをぐるりと高く囲んでいた白い布が取り払われて、それと同時に、神官たちも姿を消した。
 目の前には、もう一つ大きな扉があり、その前に年配の女性が一人立っていた。

「この扉の先に泉がございます。それでは。」

 女性が扉を開け、深く頭を下げる。その横を通って、扉をくぐると、パタンと音を立て、扉が閉まった。そこは、荘厳と言う言葉がぴったりな場所だった。微かに響く水音が一層の静けさを語る。
 練習した通りに、神へ祈りを捧げる。静かに泉の中へ進み、しゃがんで肩程まで浸かる。立ち上がり、祝詞を捧げる。神に、精霊に…。


∴∵


 彼女は静かに入ってきた。何故だか、ふと、女神を思った。聞いていた年よりも幼く見える彼女は、自分の思い描く女神像とはかけ離れているのに。不思議な事に女神とはこんな姿なのではと思った。彼女が捧げる祝詞が終わった瞬間だった。
青、緑、黄、橙、赤、白、白金…気がつけば、色とりどりの光が溢れていた。俺は気が付くと歩を進めていた。


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 白って、こんなにきれいに輝いているの?光や色が溢れていて、まるでオーロラみたい。あっ魔力って光の三原色と同じなのかな?赤、緑、青が混じってより明るくなるから、それで白か…なるほどね。
 ピチャッ。驚いて水音の方を見ると、背の高い人が立っていた。泉の奥にある洞窟のような所にいて、こちらからは顔が見えないけれど、確かに誰かが立っていてこちらを見ている。声を上げそうなのを、必死に飲み込む。
 誰もいないと聞いていたのに…素肌に白装束を纏って水に浸かれば、必然に体のラインや肌が透けて見えてしまう。背の高さから男性で間違いはなさそうだが、ならば余計に今の姿は見られたくない。
 儀式は精霊が祝福を終えて、全て消えるまでで、それまでは静かに精霊からの祝福を受けるようにと、アナスタシア先生から口を酸っぱくして言われていた。だから、体を隠したくなるのをじっと我慢して、舞う光を見ていた。薄暗いのに、色とりどりの銀粉が舞っているように見える。その色とりどりの光が体に纏わり付く。そして、体内に取り込まれたかのようになって消えた。色が全て消えるのを待って、最後の祈りを捧げ、部屋を出た。


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「どうぞ。今日はローズヒップとアップルのハーブティーです。少し甘めの味になっております。」

 ゆっくり温かいお風呂に浸かり、着替えを済ませるとリナがテーブルにティーセットを置いた。

「ありがとうございます。失敗しちゃいけないって思ったら凄く緊張しました。」

 用意された椅子に腰掛けながら、里桜が言うと、リナは少し微笑んだ。

「前にも申しましたが、王族や貴族以外の洗礼はごく簡単に行われるんですよ。私たちのような王都の平民は、神殿の泉と繋がっているイリスの泉に足を浸けるんです。特別な祝詞も祈りもありません。暖かい時期にちょっとした水遊び気分で行ったりします。それから、事務所へ行って洗礼証明をもらって終わりです。だから、少し祝詞を間違えたりしたところで、神様は目を瞑ってくれると思いますけどね。」
「それを、早く言って欲しかった…。」
「それで、いかがでした?」
「とってもキレイでしたよ。色とりどりの銀粉が舞っているみたいな…アレですね、白って色の白色じゃなくて、光の三原色みたいな感じで、青と緑と赤が混ざってより明るくなる…みたいな。比喩的な白って事なんですね。真っ白な妖精とかが現れる事を想像していたんで、びっくりして。まるでオーロラみたいでしたよ。きらきら…どうしました?リナさん?」

 呆然としているリナに里桜は何度も呼びかける。

「リオ様。そのままこちらでお待ちください。私が戻るまで、誰も通さないで下さいませ。良いですか?」
「はい。分かりました。」


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『きれいでした。』
 私が洗礼式を終えて部屋に戻り、待ちかねていたハワード侯爵とジェラルド伯爵が部屋にやって来た。開口一番に何色だったのか聞かれ『キレイ』と答えた。実際に真っ白な花が舞っているみたいでキレイだった。どう言う事?魔石を持った渡り人は、白金の力をもらうはずなのに。白金、つまりプラチナ。銀色・・・銀世界・・・一面の雪景色の時みたいに、白をこちらでは、白金っていうのか・・・それじゃ、白はどんななんだろう・・・あれは、やっぱり‘白’だよな。

「ですな。ねぇ。救世主トシコ様。」
「えっ。ええ。そうですね。」
「もう一人の渡り人のリオ殿も洗礼式を終え、本当にめでたいですな。」
「救世主様のお披露目は豪華な舞踏会になる事でしょう。」
「りおさんは…何色だと?」
「キレイな白だったと言ったそうです。」
「私などは一般的な魔力でしたから、ハワード侯爵や、救世主様のように魔力が強い方たちの洗礼は、それはキレイなのでしょうな。」

 二人が遠慮がちに笑うのを、謙遜しているものと思い、珍しい気持ちでジェラルドは見ていた。


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「渡り人、リオ様の侍女、リナ・オリヴィエでございます。参謀シルヴァン・オリヴィエにお繋ぎくださいますよう。」

 国軍が使っている、王宮西側の棟に守衛として立っている兵士に話す。兵士は一瞬目を見張ったようにして、急いで中へつなぐ。平民も所属出来る国軍とは言え、参謀ともなれば、簡単には繋いではもらえないが、オリヴィエと言うファミリーネームと、そっくりな顔で、そこは簡単に突破できた。暫くして誰かが走ってくる音がした。

「リナ久しぶりだね。」

 出てきたのは、陸軍参謀総長、リュカ・カラヴィ。隣国の王の血を引いているが、この国の学院に留学をしてそのままこちらの国軍に入隊した変わり者だ。

「リュカ様。ご無沙汰しております。」

 リナが礼をすると。それを制した。

「ここでは、そんな事しなくても平気だよ。どうしたの?シルヴァンは陛下に呼ばれて執務室へ行ったけど。」

「じゃあ、アルは?」

 平民ながら、魔力の強いシルヴァンやリナは国から奨学金を貰い学院へ通っていた。アラン、リュカ、リナは学院の同期で同い年、成績を最後まで競い合った仲だった。それでも、学院を卒業してからは、互いの立場から気安く話したりなどはしなくなっていた。昔なじみに話すような口調に戻っている事もリナは気が付いていなかった。

「アルも呼ばれたよ。」
「そっか。じゃあリュカ、陛下の所から帰ってきたら兄さんやアルに私の所へ来てくれるように言って。急いで来てって。」
「うん。わかった。」
「超特急よ。」
「うん。わかったから。」

 『よろしくね。』と手をひらひらさせて去って行った。いつでも、冷静なシルヴァン似のリナが色々な事を気が付かず去って行った事に何となく胸騒ぎを覚えて、守衛に行き先を告げ、走って王の執務室へ向かった。