翌朝、カーテンを開けて窓の外を見ると、辺りは雪で真っ白になっていた。冬の間はずっと雪が降っているので、しばらくは溶けそうにない。
 簡単に支度をしてから雪乃がリビングに下りると、既に律子が朝ご飯の支度を始めていた。NORTH CANALの朝食は、全員同じメニューだけれど時間は自由だ。
「今日は大根か……温まりそう」
 寝ぼけ眼で言う雪乃に、律子は「そうでしょ?」と言った。
「晴也君、たぶん寒さに弱ってるやろうから、温かいものをって思って。ほかの四人はいいかげん慣れてるやろうけどねぇ」
 セイヤが誰なのか一瞬わからず、雪乃は首を傾げた。
 そういえば翔子が青年を連れて来たな、となんとなく思い出す。
 宿泊客たちが起きて来る前に、と雪乃が顔を洗いに行くと、既にモモとアカネがそこにいた。あまりの寒さに耐えられず、起きてしまったらしい。
「今日も寒いよー。どうしよっかなぁ、今日はのんびりする?」
「そうですねぇ。たまにはゴロゴロしますか?」
 順番に顔を洗ってからリビングに戻ると、モモが昨夜のことを話しだした。お寿司を食べに行ったけれどどこも順番待ちで、結局よくあるレストランになってしまったこと。今夜もう一度行ってみる、と女二人が意気込んでいる辺りで、ノリアキとジローも姿を現した。少し遅れて、晴也もやってきた。
「それで昨日なんですけど、『雪あかりの路』最終日だったんですね! 雪乃ちゃん、知ってた?」
「あ──ううん。やってるのは知ってたけど、いつまでかは知らんかったなぁ。そっか、終わったんかぁ」
 偶然見れたことに興奮しながら、けれど時間がギリギリだったので残念そうなモモ。来年も見たいけれど家がどうなってるかわからないね、とノリアキと笑っている。
「晴也さんは昨日、見ましたか? 雪あかり」
「え? ああ……ちょっとだけ……」
 自分のご飯と味噌汁をよそってから、晴也はテーブルへ運んだ。どこに座ろうか迷ってから、偶然空いていた父親の隣にした。
「駅から逆方向ですもんねぇ。南小樽駅から歩いてくるのは遠いし……」
 宿泊客の全員が食事を始めたのを確認してから、雪乃は自分の分をよそいに行った。父親が既に食べていたのは、今日が月曜で仕事があるからだ。律子もいつの間にか食べ始めていたので、雪乃は鍋に残った味噌汁を全部お椀に入れた。余分には作っていないので、量はちょうどいい。
「そういえば今日、モモちゃんとアカネさんはゴロゴロするって言ってたけど、ノリさんとジローさんはどうしますか?」
「モモがゴロゴロなら、俺もゴロゴロかな」
「それじゃ、俺も。寒いし」
 四人が外出しないと聞いてから父親は立ち上がり、仲が良いのは良いことだ、と笑ってから出勤の支度をした。
「晴也さんは、どうしますか?」
「僕は──今日は、用事があるので午後から出かけます」
 寒いから防寒はしっかりね、と言う律子に礼を言ってから、晴也は黙って食事を続けた。ときどき味噌汁を見つめる目が、どこか寂しそうに見えた。

 昼になっても気温は上がらず、雪も降っていたけれど。
 どうしても行きたい場所があるからと、晴也は予定通り一人で外出した。途中まで車で送って行こうかと言ったけれど、それを晴也は断った。
「本当に、大丈夫です。ありがとうございます。今日は、明るいうちに帰ってきます」
 昨日はすみません、と笑う晴也の姿は、雪の中に消えていった。
「ほんまに大丈夫なんかなぁ……」
 こちらも宣言通りゴロゴロしている四人がいるリビングに戻りながら、律子は晴也の心配をしていた。小樽には何回も来ていると言っていたけれど、それにしては歩きにくそうにしていた。現住所は雪国ではないし、故郷もそうではない。
「なぁ、モモ。律子さんを見習えよ」
「え? どういう意味?」
「他人でも、家族みたいに優しくしろ、ってこと。律子さん、俺らのことも、あの人のことも、自分の子供みたいにしてくれてる。まぁ、全然関係ない人にはテキトーで良いと思うけど」
 吹雪とまではいかないけれど、雪は先ほどより強く降っていた。
 晴也が無事に帰ってきますようにと、雪乃は願った。