5月。
 この月には、高校生が待ち望んでいる一大イベントが存在する。

 そう、体育祭だ。

「リレーがいい人ー? 4人だけ?
 じゃあ、里崎くん、鈴木くん、佐藤くん、松永くんの4人で決定ね」

 ちなみに、この里崎くんというのは、ヒロのことである。
 本名が里崎大翔だから、俺はヒロと呼んでいる。

「よっしゃあ!
 この最強メンバーで絶対勝つぞー!」

「「「おおおおお!」」」

 流石は運動部、凄い熱気だ。
 対する俺は、ただひたすらその時を待っている。

「まだかなー」

 俺が待っている競技、それは他クラスと合同で行うパン食い競走だ。

 パン食い競走は、6クラスある1年生の中で、俺のいる1組と2組、3組と4組、5組と6組がペアとなり、スコア変動なく行われる唯一の競技。

 つまり、戦犯という概念が存在しないのだ。

 俺は一目見た瞬間、「これだ!」と思った。

「じゃあ次、パン食い競……」

「はい」

 言い終わる前に立ち上がる俺。
 これなら、誰も言い出せないはず……。

「お、俺もやりたいっす」

 き、君は柔道部の森田くん!?

「これは1人だけだから、2人でジャンケンね。
 じゃあ行くわよ。最初はグー……」

 た、頼むよ神様。
 俺を勝たせてくれ……!

「ジャンケンポン!」

 俺が繰り出した渾身のハサミは、森田くんの石に粉砕された。

「や、やったっす!」

 二度と神になど頼むものか!
 いや、やっぱりいざとなったらお願いします。

「あっ、柚くん。
 残ってるのが二人三脚だけだから、二人三脚でいいかな?」

「……もう、なんでもいいです」

 ふとヒロに目を向けると、横を向いてニヤニヤと笑っている。
 あの野郎……。

「はい、決まりね!」

 うちのクラスをまとめる室長は、彦根若菜さん。
 見るからに真面目そうだし、しっかり者そうだし、反対票など入る訳が無かった。

 実際、頼りになるリーダーって感じだ。

「じゃあ、走順とか作戦とかは各自で決めて記入するってことで……解散!」

「「「はーい」」」

 でも、俺みたいなやつに対する気遣いはしてくれないんだな……はぁ。
 なんて思っていたら、

「柚くん、二人三脚で本当に大丈夫だった?
 あっ、別にダメとかじゃないんだけど、もしかしたら空気に流されて決めちゃったかなって思ってさ」

 放課に入ってすぐ、神対応を受けた。

「正直、走るのは好きじゃないです」

「うん、ごめんけどそんな気がする」

 優しいのは伝わる。
 でも、ちょっぴり悲しい。

「俺のパン食い競走……」

「あれ? パン食い競走も走るよね?」

 ギクッ。

「えーっと確か、二人三脚はペア表彰があって、パン食い競走は特になしだったっけ」

「へ、へぇ、そうなんだー……」

「なんか怪しいわね? まぁ、頑張れー」

「し、室長ぉぉぉぉ」

 こうして俺の、二人三脚出場が決定した。
 あっ、決定してしまった。

「これから俺は、何のために学校生活を送ればいいんだ……」

 気づいた頃には2、3、4限目が終わっており、昼休みに入っていた。
 重たい足を必死にあげ、俺は屋上に向かう。

「や、やっと着いた……」

 ドアを開けると、見慣れた顔が1人……2人!?

「おっ、待ってたぜ」

 大きなビーチパラソルを設置しているヒロ……と隣に1人の女子生徒。

「遅いぞ少年!」

 何かに影響を受けたであろう話し方。
 間違いない、あゆだ。

「何でまたあゆが屋上に?」

「今日は種目を聞きに来たんだぞ少年!」

 両手を腰に当てるその感じ、昨日やっていたピンクヘキサゴンの主人公だな。

「まぁまぁおふたりさん、とりあえず座りましょうや」

「うむ。有難く座らせてもらうぞ少年!」

「はいはい、ちょっと黙っててねー。
 それよりヒロ、これどうしたの?」

 そう。
 ヒロが準備してくれたのは、ビーチパラソルだけではないのだ。

「あー、このピクニックテーブル?
 倉庫にあったやつもらってきた。
 もちろん、校長に許可は得てる」

「最高すぎ」

 6人がけの大きなピクニックテーブルは、快適以外の何物でもない。

「はぁ、いつでも寝れそうだよ……」

「喜んでもらえて何よりだ」

 反対側にあゆが座ったため、ヒロは俺の隣に座った。

「それで、体育祭の種目だっけ?
 ちなみに、天乃川さんは何にしたの?」

 あゆのことだ。
 おそらく、女子の選抜リレーとかその辺だろう。

「うむ。私は、『何でもやるよ!』と宣言してしまったばかりに、二人三脚になってしまったんだぞ少年!」

 ん? 今二人三脚って言った?

「へぇ、二人三脚ねぇ……おめでとさん」

「えっ? それってどういう……」

 キャラを忘れ、素で尋ねるあゆ。

「あら偶然、柚も二人三脚だよな?」

「うん」

「ええっ!?」

 あれ、待てよ?
 今の言い方、こいつやったか?

「ねぇ、ヒロ」

「ん? どしたどした?」

「やったね、君」

「はて、なんの事やら」

 この反応、確定か。

「でもまさか、柚くんが最初にチョキを出すなんて僕全然知らなかったよー」

 ほーら、しっかり根回しされてるじゃん。
 森田てめぇ、勝つの知っててグー出しやがったな!

「ゆ、柚と同じ……!? あーもう、さっきはバカって言ってごめんね私。ないす!」

 にしてもあゆ、嬉しそうだな。
 まぁ、知らない人とやる可能性があったから、相手が俺で安心したんだろう。

 かくいう俺もその1人な訳で。

「あっ、そうそう。
 あゆちゃんも災難だったねー」

「えっ? 何がです?」

 あれ? こいつまさか……。

「だってさ、最後に残ったのが二人三脚だったってことでしょ? 俺だったら絶対やりたくないもーん」

 あーらら、隣のクラスまで根回ししてらー。

「い、いや? まぁ私は別に、二人三脚でもよかったなーなんて」

 どうやら、俺とあゆはまんまとヒロに嵌められたらしい。

「あっ、そうなんだ! まぁとにかく、2人とも、練習ファイトー!」

「おー! じゃ、じゃあ柚、一緒に練習頑張ろうね……!」

「う、うん。頑張ろうね」

 さて、これからどうなることやら。

 俺はあゆが嫌いだ。
 ペアと言うだけで安心させてくれる、そんなあゆが嫌いだ。