「さぁ、飲むわよー!」

「おおー!」

 お互いの母親が、紙コップを片手に立ち上がる。

「ちょっと、お酒飲んでるわけでもないんだし落ち着いてよ」

「ママ! 恥ずかしいってば!」

 今日は、毎年恒例のお花見の日。

「久徳さん、最近どうです?」

「おかげさまで毎日楽しいですよ」

 父親同士は、缶ビールを片手に趣味のゴルフトーク。

「ついにこの日が来ちゃったか……って、感じだね」

「うん」

 近所の公園に咲く美しい桜。
 ここには毎年、近隣住民がお花見をしに集まってくる。

「そういえば、あゆの好きなやつ持ってきたよ」

「えっ、どれどれ!?」

 あゆの好物、それは……。

「hokky」

「hokkyじゃん!」

 hokkyとは、棒状に加工されたホッキ貝にチョコをコーティングした人気菓子である。

「いっただきまーす!
 あーむ……うーん、うんまぁ!」

「喜んでくれてよかったよ」

 個人的には、あまり美味しくないと思う。
 ただ、あゆが食べている姿を見ると自然とお腹がすいてくるのだ。

「お腹すいた」

「おっ、それなら……」

 ランチバッグを漁るあゆ。

「じゃじゃーん!
 今年は私が作りましたー!」

「わーお、美味しそうね!」

 ようやく座ったかと思えば、あゆの手料理に手を伸ばす母さん。
 見慣れた光景とはいえ、毎年毎年本当に恥ずかしい。

「うーん、美味しいわぁ!」

 俺は間違いなく父親似だ。
 こればかりは自信がある。

「お母さん、少しは見え方ってものをさぁ……」

「なーにつまんないこと言ってんの!
 今日はとことん楽しむ日よ!」

 まぁ、これが俺の母さんと言えばそれまでなんだけど。

「あゆ、俺も食べていい?」

「もっちろん!」

 手拭きで手を拭き、俺は可愛らしいパンダに手を伸ばす。

「これ、何が入ってるの?」

「お・た・の・し・み、だよ」

 ハズレはないと思うが、この嫌な予感はなんだろう……。

「いただきます」

「どうぞ!」

 小さく1口食べてみる。
 しかし、小さすぎたせいで中の具が見えない。

「ちょっと柚、なんか疑ってる?」

「いーや、そんなことないけど」

「いーや、嘘だね」

 流石に警戒し過ぎたようだ。
 まぁ、バレてしまった以上は普通に食べるしかないな。

「あーむ」

 俺は口を大きく開け、おにぎりを頬張る。

「ん? んぐっ……!?」

 すると、何やら甘い味が口いっぱいに広がった。

 思わず変な顔をする俺を見て、あゆは笑っている。

「あえああ(はめたな)?」

「それ、hokkyだよ! あー笑った笑った」

 正直全く美味しくない。
 でも、笑うあゆが見れたし、損では無いな。

「あー、美味しくはなかった」

「ちょっとふざけちゃった、てへっ」

「てへっ、じゃねぇし」

 優しく頭を叩くと、あゆは笑いながら痛がるフリをした。

「あーれー、私たちお邪魔でしたー?」

「移動した方がいいかしらー?」

 俺とあゆは咄嗟に距離を取り、それぞれ母を睨んだ。

「「そんな事ないですから!」」

 ほんと、この母親共は……。

「あゆちゃん、お弁当まだあったでしょ?
 全部広げてくれる?」

「はーい」

 それから俺は、普通に花見を楽しんだ。
 時折吹く涼しい風、ヒラヒラと落ちる花びら、なんて幸せな1日なんだろう。

「ね、ねぇ、柚?」

「ん?」

 急に名前を呼ばれ振り返ると、そこには虚ろな目で俺を見るあゆの姿があった。

「分かる。俺もめっちゃ眠い……ふわぁ」

 俺はあぐらをかくのを止め、バッグから畳まれたタオルを取り出す。

「寝るならどうぞ」

 
 これは俺お手製の簡易枕だ。

「うん……あり、が……とう……」

 きっと、朝早く起きてお弁当を作ってくれたのだろう。

「お疲れ様」

 移動を始めたあゆは、ゆっくりゆっくり枕へと向かう……勝手にそう思っていた。

「なっ……!?」

「ここがいい」

 しかし、あゆが来たのは俺の横で、なぜか俺の肩で眠っている。

「おい、動けないじゃん」

「……むにゃむにゃ……」

「って、寝てるし」

 ちょうど日陰で、木という背もたれがある特等席。

 確かに、俺も寝るならここかもしれない。

「ちょっとだけだからな……ふわぁ。
 なんか俺も、眠くなっ……て……き……た……」

 そして俺も、あまりの気持ちよさに深い眠りに落ちてしまった。

「あらあら、ほんっと仲良しねぇ」

「えぇ、本当に」

 それから少しして、買い出しに行っていた母親たちが戻ってきた。

「いつからこうなの?」

 母さんは父さんに聞く。

「買い出しに出ていったすぐ後くらいからかな」

「へぇ、とりあえず写真撮っとこ」

「あっ、私も私も」

 2人は、眠る俺とあゆの写真を撮った。

「うふふ。この写真、起きた柚に見せたらなんて言うでしょうね」

「あっ、それいいかも! 私もあゆちゃんに見せちゃおっと」

 なぜこの時気づけなかったのだろう。
 無防備に眠ったら、好き勝手されることは明白だったのに。

 あれから、どれくらい経っただろうか。
 激しく肩を揺すられ、俺は目を覚ました。

「んっ、あれ……? 寝ちゃってたのか」

 ふと横に目を向けると、そこには顔を赤らめるあゆがいた。

「ん? どうかした?」

「あ、あれ……」

「あれ……?」

 顔を覆うあゆが指さす方を見ると、1台のスマホが視界に映る。

「おはよう、柚くん」

 ニコッと笑う母さんのスマホには、互いに寄りかかり眠る俺とあゆの姿が映っていた。

「ねぇ、母さん」

「ん? なぁに?」

「それ、今すぐ消してくれるよね?」

「うふふ、絶対に消さないわよ」

「「ははははは」」

 その直後、スマホ片手に逃げる母を俺は全力で追いかけるのだった。

俺は自分が嫌いだ。
逃げる母すら捕まえられない、そんな自分が嫌いだ。