「だりぃ……」

 今日は1時間目から体育という地獄の日。

「お前ってやつは、いつもそればっかだな」

「へへ、どうも」

「褒めてねぇし」

  体育館の隅に座る俺と、なぜかその隣に位置取る学年1の人気者
  名前をヒロという。

「それより君ねぇ、ほんとは運動神経いいくせに隠しちゃってさぁ。あっ、さてはギャップ萌え狙いだな?」

  こいつと出会ったのは中学の頃だ。

「教室でもいいけど、階段って渋くて気持ちよさそう」

  授業をサボろうと思った俺が、眠れるくらい綺麗な階段を探していると、

「えっ、人? 死んでる……?」

 たまたま下の階で寝ていたヒロを見たのが初めての出会いだった。

「おーい、勝手に人を殺すなー」

「あっ、生きてる。ってか、そこ綺麗なの?」

「ああ、俺が磨いてるからな」

「じゃあ遠慮なく」

 多分、こんな形で友達になったのは、世界中どこを探しても俺とヒロしかいないと思う。

 あっ、そろそろ話を戻さないと。

「ギャップ萌え?
  そんなどうでもいいこと、俺が狙うと思う?」

「うーん……無いな」

  少し悩んだ後、ヒロは答えを出した。

「正解」

  今日の体育は先生が急用で休みのため、自由が与えられている。

  だからこの体育館では今、バスケをする者、ドッジボールをする者、バドミントンをする者など、多種多様である。
  まぁ、とにかく自由な日というわけだ。

「じゃあ俺、バスケしてくるから」

「行ってら」

「バイビー」

  ヒロは太陽のような赤髪を揺らしながら、バスケ部の輪に突っ込んでいく。
  俺には到底真似出来ない行動だ。

「ほんとすごいな……ヒロは」

  そんなことを思いながら、俺はひんやりと冷たい床に寝転ぶ。
  これでこそ俺だ。

「ふわぁ……おやすみ……」

 おそらく、俺が起きるのは40分後になるだろう。
 おやすみなさい。

「あっ、いた」

「えっ、どこどこ!?」

  隅っこで眠る俺を見つけたあゆが一言。

「うわっ、また寝てるし」

  そんなあゆを見て、友達が一言。

「まーた柚くん見てるし。
 ねぇねぇ、あゆってさ、柚くんのこと好きでしょ?」

 彼女はミサキ。
 何でも、あゆと同じ班になったことが、仲良くなるきっかけだったんだとか。

「うん。好きだよ」

  照れる展開を期待し、ニヤニヤしているミサキを他所に、あゆは笑顔で答えた。

「えっ、否定しないんだ……」

「だって、好きなんだもん……昔からずっと」

(あ、あのあゆが……乙女の顔をしてるだと!?)

  何かを察したミサキは手を合わせて言う。

「学校のマドンナが片思い中か……男子は辛いね。心中お察しします」

 ということらしい。

「ねぇ、少し見ていかない?」

 2人が今いるのは、ギャラリーと呼ばれる通路。
 そこからは、体育館全体を見渡すことが出来る。

「それ、いいね! で、何を見るの?」

「もちろん……柚だよ」

 自分で言っておきながら照れるあゆ。

「くぅぅぅぅ、あの野郎幸せ者過ぎんでしょ」

  そんなあゆを見て、ミサキは俺に嫉妬する。

「ん? 何か言った?」

「いーや、なーんにも言ってないよー」

「ぷっ、変なの」

「なっ……!? あんたよりはマシだと思うよ……結構マジで」

  そんなことを話していると、何やら下が騒がしい。

「今から君を抜いてやる!」

「させるかよ、ヒロ!」

  少年漫画にありがちなやりとりを再現するヒロとAくん。

「今だ!」

「ばーか、甘ぇよ!」

「あっ、しまっ……!」

  流れの中でパスカットしたボールが向かう先。
  そこには、無防備に眠る俺がいる。

「やっべ! 柚、かわせ!」

「危ない!」

  ボールを追いかけるヒロと叫ぶあゆ。
  そもそも、なぜここまで早いボールが俺の元に向かってくるのだろうか。

「……へぐっ……」

  ボールを腹に受けた俺は、なぜか気絶した。

「「ゆ、柚ううううううう!」」

  ねぇねぇ俺、流石に弱すぎやしないか?

 俺は自分が嫌いだ。
 この程度で気絶する、そんな自分が嫌いだ。