必死に喋っているあゆを他所に、俺は視線をテーブルに移した。

「カレー……」

無意識に出たカレーの一言。
俺はすかさず口を塞ぐ。

「ぷっ、ぷぷっ」

 そんな俺を見て、あゆも口を塞ぐ。
しかし、隠そうとしている俺とは違い、あゆは笑うのを我慢しているのだ。

「あゆ?」

一応、ゴゴゴゴゴゴォくらいの圧はかけておいた。
そうでもしないと、恥ずかしさを隠せなかったから。

「うんうん、分かるわよ柚くん!
このカレー美味しそうだもんねー!」

 悪いがあゆよ。
君のお母さんは少し俺に似ているところがある。
だからこういう時、決まって無意識のカバーが俺を守ってくれるのだ。

「確かに、あゆが料理するなんて珍しいもんなー」

そして君のお父さんは……思ったことを何でも言っちゃうところがあるよね……あはは。

「で、でも、今回のは自信ありだよ!」

確かに。
 これは自信があるとか無いとか、そんなレベルの話では無い。

 なぜなら、今俺の目の前にあるテーブルには、鮭の入ったシチューにポテトサラダ、肉じゃがにハンバーグといった、俺の大好物がそれはそれは美味しそうに並べられているのだから。

「本当に初めてなのか?」

「うん! でもね……」

 とここで、何やら恥ずかしそうにしながら、あゆが言葉を詰まらせた。

「えっ、どうしたの?」

 俺が声をかけると、あゆは顔を真っ赤にして言う。

「柚のためにって思ったら、不思議と頑張れちゃったの」

 ニヤリと笑うあゆの両親を見て、俺は悟った。
今のは聞くべきじゃ無かった、と。

 ただ、当然と言えば当然だが、嬉しさもある。
 可愛い人にかっこいいなんて言われたら、男子は飛び跳ねるほど嬉しい。

って、今はそれどころじゃないか。

「そうなの? ありがとう」

何とかギリギリのところでポーカーフェイスに留まった俺。

「えへへ」

これにより、話は逸れる。
もしくは終わる。

そのはずだった。

「おふたりさん、ラブラブなのはいいけど、せっかくの料理が冷めちゃうわよ」

「なっ……!?」

「ちょっとお母さん! そんなんじゃないから!」

「へぇ、でも本当に冷めちゃうのはほんとだろ?」

「むー、確かに」

あゆの両親、ほんと恐ろしい……。
とそんな時、俺のお腹がなった。

「あっ……」

「柚、食べよっか」

あゆは笑いながら、俺の座る椅子を引いた。

「うん」

 それから俺とあゆは隣に座り、ご飯を食べた。
 スプーンを手に取り、シチューを1口。

「美味しい」

 箸を手に持ち、ハンバーグを1口。

「美味しい」

 続けてポテトサラダと肉じゃがを。

「美味しい」

 美味しすぎて、本当にほっぺが落ちるかと思った。
あの表現は、嘘ではなかったらしい。

「やったー!」

 素直に感想を口にすると、あゆは嬉しそうに笑った。
そして、そんなあゆはいつも以上に可愛く見える。
これはもう立派な兵器だ。

「あ、あのさぁ……」

ただ、どうしてもあゆに言わなければいけないことがある。

「ん? なに?」

「あゆも食べたら?」

自分は食事せず、じーっと俺を見つめるあゆ。

「えっ、あっ、うん!? そ、そうだね……!
いただきまーす! うーん、美味しい!」

 これでは食べづらいどころか、緊張で手が震えてしまう。
しかも、俺が1番恐れている事態になるかもしれない。

「ところで、学校の宿題についてなんだけどさ……」

だから、俺は急いで話を逸らした。
 しかし、時すでに遅し。

一足先に茶碗を空にしたあゆのお母さんが言う。

「ねぇねぇ、2人は付き合ってどのくらいなの?」

 しばしの沈黙の後、俺とあゆは同じリアクションで答える。

「「いやいやいやいやいやいやいやいや」」

 俺とあゆはとにかく思いっきり首を横に振った。

「あら、てっきり付き合ってるのかと思ってたわ。ねぇ、あなた」

「そうだねぇ。僕としても、柚くんなら大歓迎なんだけど」

 本格的にいたたまれなくなった俺は、自分用に準備された分を急いで平らげ、食器を洗った。

「すみませんっ!
明日出す課題がまだ残っているので、俺はこの辺りで失礼します!
きょ、今日は本当に、ご、ご、ご、ご馳走様でした!」

 俺はそう言い残し、走って家に帰った。

 一方、あゆの家では……。

「あら、帰っちゃったわね」

「そうだねぇ、少し言い過ぎちゃったかな」

 そこにあったのは、反省するあゆの両親の姿。

「そ、そうだよ……。
あ、あんなこと柚に言っちゃ……だめ、だよ……」

((う、うちの娘が可愛すぎる!!!))

 と、照れるあゆの姿だった。

 俺はあゆの料理が嫌いだ。
 食べるだけで幸せになれる、そんなあゆの料理が嫌いだ。