勢いよくドアを開け、俺は外に出た。

「おわっ! びっくりしたー!」

「あっ、ごめん。驚かせるつもりじゃ……」

「あっうん。分かってるから大丈夫」

 焦りのせいか、開幕からやらかす所だった。

「ならよかった」

 何より、怪我がなくて良かった。

 それにしても、なんなんだ?
この可愛らしい生き物は。

 カメラ越しに見た時は全く感じなかったが、いざ対面してみると、読めない英単語が書かれた白のTシャツにデニム、まさにおしゃれな女の子って感じの服装をしていやがる。

 適当に置いてあった緑のTシャツと、適当に置いてあった黒のズボンを履いている俺とは、天と地ほどの差がある。

「今日はお世話になります」

「えっ、あっ、うん……! 頑張るね!」

 頼りになるとはこういう事を言うのだろう。

 それから俺はあゆに連れられて、ウニクロに入った。
 あゆが言うには、ウニクロは学生に優しい値段で、いい品質の服が買えるんだとか。

 なんて素晴らしいお店なんだろう。

 ウニクロに入ってから、あゆが着てみてと言った服をひたすら試着した。

「これとかどう? 超似合ってるじゃん!」

 俺の服のサイズについては、母さんのLIMEに書いてあったらしい。
 母さん、本当に色々とありがとう。

「えー、これ着るの?」

「あーれー? 今日は私が先生じゃ無かったっけ?」

 あゆの持ってくる服はいちいちおしゃれで、着るのも躊躇われた。
が、楽しそうに服を選ぶあゆを見ていたら、体が勝手に服を着ていた。

「ふっふーん!」

「ありがとう」

 結局、あゆが出してくれた色々な組み合わせの中で、最もシンプルな白のTシャツと黒のストレートパンツという組み合わせを選んだ。

 選んだ理由は、これなら俺でも着れると思ったから。
ただそれだけ。

 いや、少し嘘をついた。
本当はもう1つ、

「うんうん。柚、似合ってるよ!」

親指を立てたあゆが、満足そうに言ってくれたからだ。
結局、俺は自分で決めることの出来ない優柔不断男だと自覚した。

 しかも今日1日、俺はこんなことを考えていた。

今の自分に合わせたサイズを買ったら、すぐに着られなくなるのでは?

 そこで俺は、何を思ったのか2つも大きなサイズを購入した。
 あゆは不思議そうな顔をしていたが、特に何も言ってこなかった。

「楽しかったね!」

「うん」

 その後、1度家に帰った俺は、その服を着てあゆの家に向かった。

「ちょっ、ちょっと待って柚くん……!」

 当然、あゆのお母さんには大爆笑された。

 そんな思い出がこの服には詰まっている。

「よし、これにしよ」

 俺は白のTシャツと黒のストレートズボンを着て、あゆの家へ向かった。
あっ、もちろん白Tは当時の物じゃないからね。

「つ、疲れた……」

 あゆの家は、俺の家から歩いて5分のところにある。
 たった5分の道のりだが、今の俺にとっては長い長い5分だった。

「ふぅ」

 あゆの家に着いてから3分。
悩みに悩んだ末、俺はインターホンを押した。

「はーい」

 ピンポーンという音の後、あゆの声が聞こえた。

 声を聞くと、なぜか緊張が増す。
 正直、今すぐ逃げ出したい気分だ。

「はぁ」

 そんなことを考えていると、ガチャッと玄関のドアが開いた。

「お待たせしました! ……って、柚じゃん!」

 玄関から出てきたあゆは、熊の刺繍が入ったエプロンを着ていた。

おいおい、そんなに怒るなよ。
気持ちは分かるけどさ。

 俺には、ワンポイントの熊があゆの可愛さに嫉妬しているように見えた。
勝ち目のない勝負、これが現実なのだ。

「あっ、えーっと、今日はよろしく」

 可愛さでこの世の頂点に立ったあゆに、俺は拙い返事で応戦した。

「ねぇっ、柚聞いてよ!」

「な、なに?」

 この話し方……どうやら今日の柚はテンションが特別高いらしい。

 ほんと、強烈なパンチとか、飛んでこなければいいんだけど……。

「今日の夜ご飯ね、私が作ったんだよ!」

「えっ、ほんと? めっちゃ楽しみ」

 思わぬ右アッパーに、思わずリアクションをしてしまった。

「ふっふっふ、流石の柚も楽しみになってしまったようだね」

「べ、別に」

 俺は柚が嫌い。
 だから、無駄に柚を喜ばせるリアクションをしてはいけない。

これは誰かのためじゃない。
自分のためだ。

「あっ、それより先に上がってもらわなきゃだよね。
 早く報告したくて忘れちゃってたよ、えへへ」

 あーもう、可愛いなくそっ!

 すぅーはぁー。
 ここは1度心を落ち着かせて……。

「お邪魔します」

「はい、どうぞ!」

 俺は久しぶりに、あゆの家に入った。

「あっ、懐かしい」

 あゆの家の中は、中学生の時から何も変わっていない。
 それに、懐かしい匂いがする。

「柚、こっちだよ!」

 あゆに手招きされ、俺はダイニングに向かう。

「カレーか、めちゃ美味そう」

 中に入ると、美味しそうなカレーとあゆの両親が俺を待っていた。

「あら、柚くんいらっしゃい」

「柚くん久しぶり。随分大きくなったね」

 あゆの両親は何ら変わりなく、優しい笑顔でお出迎えしてくれた。

「お久しぶりです。今日はお世話になります」

「いいのよ、そんなかしこまらなくて。
 それより、その服懐かしいわね」

やはり、あゆのお母さんは俺の服に触れてきた。
それほどまでに強烈な思い出だったのだろう。

「一応、着るのは中学生以来です」

しかし、今日はいじってこない。
 流石はあゆのお母さんだ。

「ちょっと待って!
その服って私が選んだやつだよね!
 私も気づいてたよ? でもさ、もし間違ってたら怖いなとか思ったら言えなかったんだよ!」

 なんだ、やっぱりあゆも気づいてたのか。

 俺はあゆが嫌いだ。
 小さな思い出も忘れない、そんなあゆが嫌いだ。