「柚、準備よろしくー!」

「よろしくー!」

「ひゃっほー!」

「おっ先ー!」

 着替えを終え、荷物を運んだ男たちは、一足先に海を堪能しに向かった。

「ちょっとヒロ! あーもう、あの子ったら勝手に行っちゃって」

「いいじゃないですか。元気な証拠ですよ」

「あら、柚くん大人ね」

「そうですか? 初めて言われました」

「大人大人っ!」

 まぁ別に、ムカついたりはしないかも。
 人には人の時間の使い方がある。

 ただそれだけの話だし。

「うっ、よいしょっと……」

 まず俺はタープテントを広げ、日陰を確保した。
 これは俺のためと言うより、真由ちゃんとヒロのお母様のためだ。

「これでどうですか?」

 しかも、大きさの割に思ったより簡単だった。

「ありがとう、本当に助かったわ」

「お兄ちゃんありがとう!」

「いえいえ」

 俺は持参したレジャーシートを敷きながら、真由ちゃんの視線に合わせ一言。

「真由ちゃん、水着可愛いね」

 するとこれを境に、真由ちゃんとの距離が縮まったらしく……。

「お兄ちゃん! 一緒に行こ!」

 水着と同じ可愛らしい花柄の浮き輪を持った真由ちゃんに呼ばれてしまった。

「柚くん、申し訳ないんだけど、私疲れちゃったから行ってきてくれる?」

「あっ、はい」

 ヒロのお母様はシートに座ってぐったり。
 とまぁそんな訳で、俺は数年ぶりの海へ。

「深いところまで行っちゃダメだからね」

「うん!」

 熱を帯びた身体は、海に入るとすっかり冷えた。
 これは最高に気持ちがいい。

「押して押して!」

「はーい」

「キャーーーー!」

 俺は程よい深さの場所を右に左に泳ぐ。

「ま、まだ泳ぐ……?」

「うん! まだまだ!」

「は、はーい」

 この水泳の授業など比にならない疲労感。
 今寝たら最高に気持ちいいだろうなぁ。

 そんなことを思っていると、

「おっ待ったせー!」

「ちょっ、ミサキ! もっとゆっくり歩いてよ!」

 あゆたちが合流した。

「あっ、ごめんねー。ついうっかり」

「むぅぅ」

 (はい、可愛いいただきました!)

「わ、私もいるのであゆさんもゆっくりお願いします!」

「あっ、そうだよね!?」

 なぜか、あゆとヒロの妹はミサキちゃんの後ろに隠れている。

「はい! それで、何か言うことは?」

 先頭に立つミサキちゃんが俺に言う。

「えっ、言うこと? あっ、待ってないよ」

「あっ、そうなの……じゃないやろがーい!」

 おお、凄いノリツッコミ。

「そうじゃなくてさ、女子が水着に着替えてきたんだよ? あるでしょ、決まり文句が」

「うーん……あっ、水着似合ってるね」

「そうそう! それそれぇ!」

 ミサキちゃんは満足したのか、俺の元へと走ってきた。

「ちょっと、ミサキー!」

「ちょっと、あゆさん!」

「代わってあげよっか?」

「お願いします」

「はーい、真由ちゃんお姉さんと遊ぼうねー!」

「遊ぶ遊ぶ!」

 た、助かったぁ……。
 俺は海から上がり浜辺に座る。

「ね、ねぇ柚、水着どう……かな?」

「わ、私もどうですか……?」

 あゆは白、ヒロの妹は黒のビキニを着ている。

「えーっと、2人とも似合ってるよ」

「よ、よかったぁ……!」

「ありがとうございます!」

 この決まり文句は覚えとこ。
 いつか役に立ちそうだし。

 それより、1つ気になることがある。

「あのさ、露出しすぎじゃない?」

「「・・・えっ?」」

「ちょっ、ちょっと柚!?」

「ど、どこ見てるんですか!?」

 2人は咄嗟に手で水着を覆う。

「いや、そういう意味じゃないし、見せてきたのそっちじゃん」

 なんか俺、変態みたいじゃん。

「じゃ、じゃあどういう意味……?」

「下着姿との違いがいま……」

「ストーーーーップ!」

 あれ? この後どうなったんだっけ。

「……あっ」

「おいおい、大丈夫か?」

「柚っ! だ、大丈夫……!?」

「柚さんごめんなさい! わ、私のせいで……」

 ヒロ、あゆは一旦置いとくとして、ヒロの妹が今にも泣き出しそうなのは何でだろう。

「何があったの?」

「私が悪いんです……! 私が体当たりしちゃって、それで……それで……」

 つまり、疲労がピークを迎え、睡眠モードに入りかけた俺をヒロの妹が起こしてくれたと。

「ありがとね。おかげで助かったよ」

「ぷっ、ははははは! 柚、お前何言ってんの?」

 なぜか突然、ヒロが笑いだした。

「ご、ごめん柚」

 そんなヒロに釣られて、なぜかあゆも。

 全くもって意味が分からない。

「わ、私どうしたら……」

 いや、今はそれよりやることがあるよな。
 えーと確か、女の子は頭を撫でられるのが好き……だっけ?

 どこの引き出しが開いたのか、俺の頭に浮かんできたのはこれだけだった。

「全然大丈夫だから気にしなくていいよ。
 それより、せっかく海に来たんだから、泳いできたら?」

「ゆ、柚さん……!?」

 俺は優しく頭を撫でた。

「おぉ、柚やるねぇ」

「なっ……!?」

 これが正しかったのか、はたまた間違っていたのか、俺にはよく分からない。

 でも、ヒロの妹は泣かず、海へと走っていった。
 この結果だけを見るなら、よかったんだと思う。

「あっ、俺も海行こーっと。
 後はおふたりでどうぞー!」

 少しして、ヒロも海へ走っていった。

「えぇ……急にみんな海行くじゃん」

「そ、そうだね……あははははー」

 何今の笑い方。
 どう考えてもおかしかったけど。

「どうかした?」

「わ、私も撫でてよ……」

「えっ……?」

 さっぱり理解出来ていない俺の前に手を付き、あゆは頭を差し出す。

 どこがとは言えないが、目のやり場に困る。

「撫でればいいの?」

 俺が聞くと、あゆは静かに頷いた。

「分かった。分かったけどさ、その姿勢キツくない?」

「キツい……あっ、なら、柚の膝貸してよ」

 まずい。
 これ、乗せられてないか?

「ひ、膝……?」

 早く断れ。
 断らないと……。

「そう、膝。早く正座して、早く!」

「分かったって」

 あゆは寝転がり、俺の膝に頭を乗せた。
 そして同時に、俺の敗北が決定した。

「ねぇ柚、私って魅力ないのかな?」

 頭を撫で始めると、あゆの声が小さく大人しくなったよう。

「急にどうしたの? なんかあった?」

「べーつに? 聞いてみただけ」

「変なあゆ」

 しばらく撫で続けていると、あゆが頭を上げた。

「よしっ」

 夕方の海風が、立ち上がるあゆの髪を揺らす。

「じゃあ私、海行ってくるね」

「うん、いってらっしゃい」

 俺は手を振り、あゆを見送った。

 彼女の後ろ姿が、茜色の光に包まれて少しずつ遠ざかっていくのを眺めながら。

「あっそうそう。冷たい飲み物買っといたからね!」

 振り返ったあゆが、笑顔を浮かべて俺に言う。

「ありがとう」

 1人残された俺は、ふと自分の心臓に手を当ててみた。

「あっぶな、危うく落とされるとこだった……」

 早まる鼓動に気づかないほど、俺は満足していたらしい。

「はぁーあ……今日1日、なんやかんや楽しかったな」

 寝転がり空を見上げると、茜色の空が1日の終わりを告げているように見えた。

 真下にある波打ち際が、誰かの変わり始めた心情を映しているとも知らずに。

 俺はあゆが嫌いだ。
 ちょっとした気遣いの出来る、そんなあゆが嫌いだ。