「もう夏か……あっちぃ……」

 そう言って、俺はカーテンを閉めた。

 『夏』と言われて、みんなは何を思い浮かべるだろう。

 いくつか簡単に挙げるなら、カブトムシ、セミ、海、スイカ、七夕あたりか。

 ちなみに俺なら、夏休みって答える。

「ねぇねぇ、海行かない?」

「いいねっ!」

 へぇ、あの2人仲良いんだ。

「海行かね?」

「いいぜっ!」

 へぇ、この2人も。

 それより、みんなアクティブだなぁ。

「俺と夏は無縁バター……なーんつって」

 少し前、突如として増えた夏らしい会話。

 海なんて行っても暑いだけじゃん派の俺は、ついつい尊敬の念を抱いてしまう。

「はぁ、寝よ」

 とその時、トントンと右肩が叩かれた。

「おい、そこの暇そうな君」

「ん?」

「俺と一緒に、海に行かないか?」

「却下で」

「えぇっ、拒否るのはやー」

 俺とヒロは気が合う。
 でも、見ている世界は違う気がする。

「女の子でも誘って行ってきな」

「やだっやだっ! 柚くんと行きたいー」

 ほんと、人前でこういうことが出来るのって才能だよな。

「ちなみに、行くならいつ?」

「今週末を予定しております」

 わざわざ立ち上がって答えるあたり、どうしても海に行きたいのだろう。
 仕方ない。

「まぁ、ビーチの日陰で休んでるだけでもいいなら、行ってあげてもいいよ」

「えっ、今なんて言った……? ねぇ、ねぇ!?」

 めっちゃ嬉しそうじゃん。
 ヒロはありえないぐらい距離を詰めてきた。

「だから、条件次第では行ってもいいって……」

「うおっしゃああああああ!
 盛り上がってきたあああああ!」

 友達付き合いは大切だ。
 でも、俺が行くって言っただけでここまで喜んでくれるのか。

 俺って大切にされてるんだなぁ……。

「あっ、そうだ! あゆちゃんとミサキちゃんも誘っちゃお!」

「えっ、2人じゃないの?」

「おいおい、海ってのはな、多ければ多いほど楽しいんだよ!」

 あっ、これ何言っても無駄なやつだ。

「はいはい、分かった分かった。お好きにどうぞ」

 俺は諦め、眠りについた。

 そして時は流れ土曜日の朝。

「おっす柚!」

「お、おっす……」

 なぜか俺の家の前に、真っ白なキャラバンが止まっている。

「あれ、何人乗ってんの?」

「そんなの、乗れるだけに決まってんじゃん」

 目測では、俺、ヒロ、ヒロの父の3人を除いて7人は乗れるサイズ。

「絶対知らんやついんじゃん……これ」

 斜めがけカバンの紐が微かに下った。
 まぁ、昔の俺なら落としてたし、よく耐えた方か。うん。

「ノンノンノン、それはないよ。
 あっ、でも、あゆちゃんとミサキちゃんはクラス違うよね」

「えっ、それだけ?」

「おう。他はみんな同じクラスのやつだぞ」

 この顔、嘘はついてないな。

「おけ、行くわ」

「えっ、今の今まで行くか悩んでたってこと!?」

「うそうそ、冗談だって。早く行こ」

「お、おう……」

 (柚、怖ぇ……)

 にしても、ヒロの父は見た目からヒロの父だな。
 あのグラサン、角度バグってんでしょ。

 フロントガラス越しに見える日焼けした肌とイカしたグラサン。
 そして何より……。

「よろしくお願いします」

「おう! 全然寝てもらってええでな!」

 この話し方。
 勢いがある感じとかほんとそっくりだ。

「はい。ありがとうございます」

 えーっと、空いてる席は……1番後ろか。

「ヒロはどこ乗るの?」

「俺は助手席乗るよ。あっ今の、隣にいて欲しかったって意味か!?
 すまん、こんな俺を許してくれぇ」

「あっ、うん。許す」

 俺は1番後ろの席に乗り込んだ。

 だって、エアコンの効いた車内でしょ?
 そんなの寝ちゃうに決まってんじゃん。

 どこの席にいても変わらない変わらない。

「へっへっへ、柚は私の後ろかね」

「……何その話し方」

 シートに手を付き後ろを向くあゆ。
 人の車だってのに、変わらんねぇ。

 そんなことを思っていると、横からピョコっと顔が出てきた。

「あっ、柚くんだよね! あゆはからよく話聞いてます……じゃなくて、初めまして!
 あゆの友達のミサキです!」

「どうも」

 ミサキさんね。
 名前忘れがちだから気をつけないと。

「良かったら、あゆの隣座ります?
 2人って幼なじみなんですよね?」

「えっ、な、なに言っちゃってんの!?」

 なんか変に気遣わせちゃってるな。

「いえ、俺はここで大丈夫です。
 どうせ寝るだけなんで」

 こんな不器用な感じでごめんだけど、ちゃんと伝わったよね……?

「そ、そうですか」

 ふぅ、よかった。

「ふぅ、焦ったぁ……」

 今、シートに身を隠すあゆが何か言っていた。
 それに、内容も何となく分かっている。

 そりゃあ、仲いい友達が隣にいた方がずっといいよな。
 俺なんかより。

「ほんじゃあ、出発すんでー!」

「「「はーい!」」」

「はーい」

 まぁそんな訳で、俺は数年ぶりに海へ行くことになった。

 せっかく行くんだし、少しは泳ごう。
 そんなことを考えているうちに、俺はもう眠っていた。

 俺はヒロが好きだ。
 こういう集まりに俺を呼んでくれる、そんなヒロが好きだ。