「やばっ、傘忘れた……」

「えっ、やばいじゃん!?
 私、家から傘持ってこよっか?」

 梅雨。
 それは憂鬱な気象現象に付けられた名である。

「ううん、大丈夫。
 30分もしたら雨止むみたいだし、私、宿題やって待ってるから」

「そこまで言うなら分かった。
 でも、何かあったらすぐLIMEしてね」

「うん」

 そう返事はしたものの、スマホの充電はとうに切れている。

「よしっ、宿題やりますかー!」

教室に戻った私は、早速宿題に取り掛かる。
 それから、30分が経過した。

 (あー、早く止まないかなー)

 宿題は終わったというのに、雨が止む気配は無い。

「もういいや。帰ろっと」

 結局、1時間が経過した辺りで、私は帰宅を決意した。

「うわっ、冷たっ! これ絶対風邪ひくじゃん……っていやいや、この時間がもったいないよね! ゴー!」

 スクールバッグを頭に乗せ、私は勢いよく飛び出した。

 (あれぇ、ちょっと強くなってきちゃったな……)

「お邪魔しまーす……」

 商店の雨よけに入ったはいいものの、この小ささだ。
 横殴りの雨を完全には防いでくれない。

「これ意味ある? はぁ、そのまま帰った方がよかったかな」

 止むどころか、雨は威力を増している。

「……よしっ、行くぞ」

 再び走る覚悟を決めたそんな時、聞き覚えのある声が聞こえた。

「あっ、雨に打たれてる子猫発見」

「ゆ、柚っ!?」

 そこには、大きな傘を差す、私の幼なじみが立っていた。

「ほんと、何してるの?」

「実は、鍵忘れちゃって……えへへ」

 今思えば、柚は私を探しに来てくれたんだと思う。

「いいから早く行こ。風邪ひくよ?」

「で、でも、私びしょ濡れだし……」

「別に気にしないから」

「で、でも、でもでも……」

 恥ずかしいから、なーんて本人には言えない。

「とりあえず来て、俺が風邪ひく」

「そ、そうだよね……! 失礼します……」

 そこからの記憶は、古びたフィルムのように途切れ途切れである。

「顔赤いよ、大丈夫?」

「あーうん! 全然平気だから!」

「そう? ならいいけど」

 残っているのは、こんな会話をした記憶や、

「柚、肩濡れちゃってるよ」

「別に気にしない」

「いや、私が気にしてるんだけど」

 こんな会話をした記憶だけ。
 でも、今日という1日を私は忘れない。

 だって、大好きな人とひとつ傘の下にいられたのだから。

「着いたよ」

「えっ、もう着いちゃったの……」

「ん? 日本語間違ってない?」

「あっ、ち、違くて……送ってくれてありがとう」

「うん。どういたしまして」

 なぜこの幼なじみは、こんなにかっこいいんだろう。

「じゃあ俺、帰るから」

「うん! また明日ね!」

 素っ気ない態度に素っ気ない返事。
 でも、気づくと目で追っている。

「ぅぅぅぅぅぅぅ、緊張したぁぁぁぁ……!」

 扉を開け中に入ると、そわそわして落ち着かない様子のママがいた。

「あゆ!? 大丈夫だった!?」

「当然でしょ! この通りピンピンです!」

 両手を腰に当て元気アピール!
 なーんちゃって。

「ごめんね、傘持たせ忘れちゃって」

「ううん、大丈夫だよ。
 ママのおかげで、最高の1日になったから」

「何を言ってるのかよく分からないけど、すぐシャワー浴びてきなさい」

「はーい」

 私の初恋は、まだ続いている。

 いつかはなれるかな。
 幼なじみ以上の関係に。