突然だが、最近気づいたことがある。

 どうも俺は、人を嫌うのが苦手らしい。
 中でも、特に分からないのが嫌うの定義だ。

 まず、嫌うと悲しませるは完全に別物。
 相手を嫌ったからと言って、悲しませていい理由にはならないから。

  ここまでは分かる。

 じゃあ、どうやって嫌えばいいんだろう。

 そもそも、俺とあゆは友達であり幼なじみ。
 変に距離を置けば、相手を悲しませてしまうかもしれない、親に迷惑がかかるかもしれない。
 そう思うと、大胆な行動に移せないのだ。

「……ず……柚……柚?」

「あっ、ごめん。ぼーっとしてた」

 やべっ、集中しないと。
 今考えることでもないよな。

「えっ、熱中症!? 一旦休憩する!?」

「いや、大丈夫。とりあえず、もう1本走りたいかも」

 昼休み、多くの生徒がグラウンドに出て、各自練習に励む時間。
 それがこの学校の普通らしい。

「おっ、やる気だねぇ! おっけー!
 じゃあ行っくよー! せーの!」

 俺とあゆは肩を組み、声を掛けながら30mの距離を駆け抜ける。

「ふぅ、今のよかったんじゃない!」

「はぁ、はぁ、うん……休憩」

「あっ、そうだね!」

 マジックテープバンドを取ることなく、俺とあゆは木陰に入った。

「はぁ、はぁ、これ、取らないの?」

「うん! 取るの面倒臭いし!」

 へぇ、これ付けるの面倒臭いんだ。
 結構簡単そうなのに。

「と、とりあえず座っていい?」

「うん、いいよ」

 久しぶりの激しい運動のせいか、心臓の鼓動がうるさい。

「あゆはいいなぁ、運動神経よくて」

「へぇー、そんな私についてこれてる癖によく言うね」

「だって、合わせてくれてるんだろ?」

「そんなことないよ」

 あゆは本当に人を乗せるのが上手い。

「おやおやおふたりさん、休憩中ですかな?」

 このムカつく声、ヒロだな。

「ヒロくんやっほー」

「やっほー」

 うわー、体操服似合ってんなー。

「ヒロも休憩?」

「まぁねー。
 うわっ、ここ涼しっ!」

 しかし、ヒロが来たせいで、この木陰はすっかり注目の的になってしまった。

「ヒロくーん!」

「こっち見てー!」

 これが俗に言う黄色い声援というやつか。

「ん? なに?」

「「「キャーーーー!!!」」」

 シンプルに凄い。

「あれ見ろよ! あそこにいるのあゆはちゃんじゃね?」

「えっ嘘、どごどこ!?」

 そういえば、あゆも学校の人気者なんだっけ。

「うおっ、いたわ! で、あの真ん中にいるやつ誰?」

「えっ、お前知らねぇの? 誰だあいつ」

「知らんねぇんかい」

 はいはい分かってるよ。
 邪魔者はトイレでも行ってきますよーだ。

「ちょっと失礼」

 俺は手早くバンドを外し、その場に立ち上がる。

「えっ、どこ行くの?」

「トイレだよ」

 俺は1人、体育館のトイレへと向かった。
 その道中、

「あ、あの……柚くんだよね!?」

「はい。俺は紛れもなく柚ですが、何か?」

 俺の道を塞ぐかのように立つ黒髪ボブの可愛らしい女子生徒。

「じ、実は私、柚くんの事が好きなんです!」

「えっ……」

 なぜ今日なのかは分からない。
 ただ俺は今この瞬間、人生で初めて告白というものをされた。

「い、いきなりこんなこと言っても、困らせるだけだって分かってます。
 ただの一目惚れですし……。
 な、なので、良ければLIMEとか、交換してくれませんか……!?」

 自然な上目遣いが俺を襲う。
 こ、断れない……。

「それくらいなら全然いいよ。
 はい、QRでいいよね?」

「あ、ありがとうございます!」

 ゆっくーり近づいてきた彼女は、あたふたしながら俺のLIMEを追加した。

 端末に表示される夏芽(なつめ)の文字。
 へぇ、4組の子なんだ。

「で、では、失礼します……!」

 それだけ言うと、彼女は凄まじい勢いで俺の視界から消えていった。

「嵐みたいな子だったな……目がないタイプの」

 結局トイレには行かず、体育館前に置かれているザラ板に寝転がる俺。

 だっていきなり考える事が増えたんだから。
 これは仕方の無い措置だ。

「夏芽ちゃん……か」

「あーあー、こんな所でサボっちゃって」

「またヒロか」

 こいつの嗅覚が凄まじいのか、本当の本当に理解者なのか。
 とにかく俺を見つけるのが上手い。

 かくれんぼなんてしたら一瞬だろうな。

「あゆちゃんが待ってるぞ」

「ごめんごめん。すぐ行くからさ、起こしてくれる?」

「はぁ、お前ってやつは」

 ヒロが差し出してくれた右手を掴み、俺はその場に立ち上がる。

「ありがと」

「いいから早く行くぞ」

「うん」

 俺は再び、日の下を歩く。

「あゆお待たせ」

「う、うん。おかえり……」

 あれ? 今、あゆの様子が変だったような……。

「じゃあ、練習しよっか!」

「うん」

 いや、気のせいか。

「バンド付けるよ」

「うん」

 それから10分間、小休憩を挟みながら、俺とあゆはひたすら走り続けた。

 そして当然、次の授業から最高の睡眠学習が出来たのは言うまでもない。

 俺は人生が嫌いだ。
 特に行動しなくても要素を加えてくる、そんな人生が嫌いだ。