頭から角が生えた厳つい肉体を持つ魔王は、丁寧に公爵家の玄関から入……らずにドアをブチ破った。

「吾輩の城に聖剣を不法投棄した輩はどいつだっ……!」

 なお、魔王は全身猫にまみれている。
 メイドの報告で駆けつけたアランとセルシアはその様子に絶句した。

「……っ! なんて羨ましい……! 私も猫ちゃんに囲まれたいわ……!」
「ダメです! あんな大量の猫に取りつかれたら、さすがに重みでお嬢様が窒息します!」
「その前に、アランが助けてくれるでしょう?」
「! はい、もちろんです……!」

 若干ほのぼのした雰囲気が漂い始めたふたりを見つけた魔王は、アランに人差し指を突きつけた。

「貴様らか! 万年告白できない選手権ナンバーワンのジレジレ主従コンビとは!」
「………………なんて?」
「貴様らの色恋ごときで、吾輩のハイパーにゃんこワンダーランドをめちゃくちゃにしおってええええ!!」
「いやだから、なんて??」
「にゃんこワンダーランドですって……!」
「また建築し直しじゃないかあああ!!! 貴様らああああ!!!!」

 魔王は片手に持っていた聖剣を、公爵家のふかふか絨毯の床に突き刺した。

『勇者よ。お前が投擲(とうてき)した我は、見事魔王城に直撃した……見事な腕前だ……』
「アラン! 聖剣が床に刺さっているのに、喋っているわ……! 頑張っているのね……!」
「おそらく床が高級絨毯だからでしょう。贅沢な聖剣です」
「もしかして、魔王討伐にいかなくても平穏だった理由って、猫ちゃんワンダーランドのお陰かしら?」
「にゃー」

 聖剣の荘厳(そうごん)に満ちた口調とは真逆に、主従コンビがのんびりとした会話を繰り広げる。

『ええい! 相変わらずだな勇者と小娘よ!』
「というか、その万年……ごにょごにょ……を、何で魔王が知っているんですか?」
『クックック……』
「まさかっ!?」
「そのまさかだ! 聖剣はお前の弱点を吾輩に密告した! 故に!! 我・無敵也!!」
『さあ勇者よ! バラされたくなくば、魔王と戦うのだ!』
「勝負だ勇者よ! 吾輩のハイパーにゃんこワンダーランド……じゃなかった。魔王城を崩壊させた罪、その小娘の前で償わせてくれよう!!」

 魔王は何もない空間から魔剣を召喚し、勇者アランに衝撃波を繰り出した。
 アランも魔術で対抗する。

「お嬢様。ここは危険です! お下がりください」
「ええ、アラン! 頑張って!」

 魔王が引き連れていた猫とともにバックグラウンドに逃げ込むセルシアに、可愛さを覚えるアランだが、すぐに真剣な顔つきになった。

「聖剣! 責任取ってもらいますよ!」
『魔王を倒せるのであれば、いくらでも!』

 アランが地面に突き刺さっていた聖剣を引き抜くと、辺りに眩い光が照らされる。

「くっ! 目くらましごときで吾輩を欺けるとでも思ったか!」
「無論、思いませんよ! これは聖剣のはた迷惑なクセです!」
『迷惑とは失礼な!』

 公爵家のエントランスで執事服姿の勇者と、逃げ損ねた猫一匹を頭に乗せたままの魔王が剣戟(けんげき)を交わす。

「お嬢様に暴露される前に、魔王……あなたを始末します!」
『勇者の言う台詞ではないな』
「聖剣だって勇者の個人情報を売ったじゃありませんか!」
「フッ……。にゃんこの癒しによって力の倍増した吾輩に……勇者ごときが勝てるとでも?」
「にゃー」
「勝てます、勝ちますよ!」
「随分と余裕だな」
「お嬢様がお過ごしになられるこのお屋敷を、ぼくは絶対に守り抜きます……!」
「ほう。何故そこまでする、勇者よ?」
「それは、ぼくが……お嬢様のことが好きだからッ……!」

 アランがそう断言した瞬間――

「おおおおお!!!」
『ついに……勇者よ、ついに……!!』
「よくやった、アラン!!」
「すごい! ちゃんと言えましたね!! 偉いです!!」
「わああああ!!!」

 聖剣と公爵家のあちこちから盛大な拍手が沸き上がる。

 アランが周囲を見渡すと、いつの間にかアランと魔王の戦いを見学しに、屋敷のひとたちが集まってきていた。
 何なら涙を流している者さえいる。
 なお、被害を最小限に食い止めるため、戦いが始まると同時にアランが強力な結界を施しているため、人や猫だけでなく建物までもが無傷である。

 ……魔王がぶち破ったドア以外は。

「えっ?」

 敵である魔王までもが、何故か感慨深そうに猫を抱きしめて頷いている。
 突然の出来事に、アランは唖然とした。

「え? な、なんですか?? まだ魔王を倒していませんよ??」
『勇者よ、ようやく告白が出来たな!』
「……………………………………………………」

 長い沈黙のあと、アランは先ほど大声で何を叫んだのかを思い出した。

「あっ!!」

 慌ててセルシアの方を振り返ると、彼女は猫に顔をうずめてプルプルと震えていた。